3-13 スカリエ学校と呼ばれて

 会話のない朝食が終わるのは早い。特に、昨日の昼から何も食べていない者たちは皿へ盛りつけられた料理を瞬く間に平らげてしまった。

 現実を突きつけてきたユーディットの言葉が契機となって、食事中は自らに沈黙を課してきたかのような少年少女たちであったが、やはりというべきか、それを破ったのはエリオだ。


「ごちそうさん。でも足りねえんだよな、この程度の量じゃ」


 何も残っていない皿を指で弾きながら不平を漏らす彼に、同じ食卓のアマデオが繰り返し深く頷いている。

 おかわりを要求しに行ったらええ、とカロージェロも立ち上がった。

 さっそく三人が厨房へ乗りこむべく食堂から出ようとしたところで、彼らを押し止める手だけが視界に入ってきた。すぐに顔も見える。

 ようやくやってきたニコラ・スカリエだ。彼はすぐに状況を理解したらしい。


「なるほど、さすがに育ち盛りだね」


 昼食はもっと量を増やすようにお願いしておこう、と約束し、三人の食いしん坊どもを穏便に席へと戻らせた。

 全員の視線が自分へと集まったのを見計らい、ニコラが話を切りだす。


「まだ食べ終えていない者もそのまま耳だけ傾けてほしい。今日はこれから、とある場所へと君たち全員を連れていく。といっても別に構える必要はない。さほど距離は離れていないし、何の変哲もないところなのでね」


 ここで彼は廊下側へと目で合図を送った。すると次々に灰白色の服が運びこまれてくる。どうやら合計で十三人分、揃いの制服のようだ。


「その際、君たちには服を着替えてもらうことになる。ある程度はそれぞれの体格に合わせているので、とりあえず問題はないかと思う」


 いずれは細かく仕立て直すつもりだ、と付け加えたニコラが一着を手に取って広げてみせた。

 ウルス帝国軍の一般兵士が着用している通常のものとはまるで異なっている。

 軍服らしく実用的でない意匠は削ぎ落されているが、その色合いは明らかに戦場で目を引く。

 これではまるで大いに狙ってくれと言わんばかりではないか。


「各自着替えを済ませたら、玄関前に集合してくれ。ではまた後ほど会おう」


 ニコラからそれ以上の説明はなく、さっと食堂から姿を消した。

 目敏い彼のことだ、ルカの包帯姿に気づいていないはずはないのだが、そこには一言たりとも触れずじまいだった。


       ◇


 初めての制服姿となった十三人の少年少女たちを引き連れて、ニコラの向かった先は宿舎よりもさらに都の外れ、深い森への入口付近だった。


「ううー、まさかここで着の身着のまま放りだされるんじゃ……。しばらく生き抜いてみろとか何とかでさ」


 意外にもフィリッポがしきりに怯えている。


「人や獣とはやり合えても、あの虫って存在がどうにも苦手でね……。実はこれが最終選抜試験でした、とかは冗談抜きでやめてほしい」


 飄々とした態度はもはや影も形もなく、本気で心配している様子の彼の肩に、柔らかく触れてピーノは言った。


「まあ、仮にそうなっても山育ちのぼくは平気だから。頑張ってね」


「な。しばらく暮らすくらいは余裕だぜ」


 同意しながらエリオがピーノへともたれかかってきた。

 そりゃあいい、と声を上げたのはアマデオだ。


「実に頼もしいねえ。食糧調達は君たちに任せておけば大丈夫そうだなあ」


「おお、そうじゃそうじゃ。できるだけ旨いものを頼むぞ」


 カロージェロも加わるが、そんな彼らに対してエリオがにやりと笑う。


「へっへっ、ただってわけにはいかねえな」


 どうやら覚えたてのお金を要求しているらしい。もらったところで使い道などないにもかかわらず。

 他愛もないことを口々に言い合っているそんな少年たちへ、あからさまなため息とともにセレーネが絡んできた。


「下々の者は本当にバカね。だったらわざわざ新しい軍服に着替えさせる必要なんてないでしょうが」


 彼女はその場でくるっと一回転し、右手を腰に添えて胸をそらしてみせる。

 口にこそ出さないが察するに、随分とこの制服が気に入っているようだ。

 ここでニコラから「さて君たち」と声がかかる。


「おしゃべりはその辺で切り上げよう。そろそろ時間だ」


 都の中央方面を観察していた彼が振り向き、全員の顔を見回した。


「注意事項を伝えておく。君たちはこれから皇帝陛下へお目にかかるわけだが、とにかくずっと敬礼の姿勢をとっておけばいい。そして陛下から直接の御質問でもないかぎり、口は固くきつく閉ざしておきなさい。沈黙は人を有能に見せるからね」


 突然すぎる通告だった。心の準備も何もあったものではない。

 他の少年少女たちからも明らかに動揺している気配が伝わってくるが、気持ちを立て直す時間さえも用意されていなかった。

 彼方から土埃を上げ、あっという間に六頭の騎馬が走り寄ってきたのだ。


 徐々に速度を緩めた一行は測ったように少し手前で馬を止める。

 その中の一人、眉や髭が黒々と濃く精気に満ちた顔つきの男が、風で外套が煽られるのも構わず、馬上のままで進み出る。

 ニコラは後ろにいるピーノたちへ小声で「陛下だ」と告げ、すぐさま敬礼の姿勢をとった。慌てて十三人の少年少女たちも彼に倣う。

 ウルス帝国の絶対的支配者、ランフランコ二世が口を開いた。


「ご苦労、スカリエ中佐。何もこのように寂れた場所でなくとも、我が息子のごとく思うておる其方のためなら、近いうちにきちんと場を設けてやってもよかったのだぞ? 其方の肌の色をとやかく言うくだらぬ連中などどうにでもしてくれるわ」


「何ともったいない御言葉」


 しかし恐れながら陛下、とニコラが答える。


「この子供たちはいずれ帝国の宝となる者たち。その名を聞いただけで大同盟側が震えあがるであろう、恐るべき子供たちです。大々的に拝謁させていただくのは避け、できるかぎり目立たぬよう陛下へと引き合わせたく思いました次第で」


「なるほど。其方がセルジ平原で討ち取った、クラヴェロ少将のような内通者の存在を警戒しておるのだな」


「はっ、いかにも」


「それにしても其方、こうして見るとまるで本物の教師のようだな。意外に似合におうておるぞ。そうじゃ、これからは〈スカリエ学校〉と呼称すればよい」


「お戯れを」


 そこからニコラ・スカリエは子供たちの名を一人ずつ紹介していく。

 その度にランフランコ二世は「よい名だ」だとか「頼むぞ」といった短い反応を返してきた。

 ルカへは「パルミエリの息子よ、名誉の負傷にはまだ随分と早かろう」と冗談を飛ばし、ピーノやエリオのときに至っては「何と、ドミテロ山脈の出か!」と驚いてさえいた。


「では陛下。お約束通りこの者たちを二年間で必ずや、私と同等以上の力を持つ、帝国軍の切り札として御覧に入れます」


「はっはっは、二年もすればもはやレイランドもタリヤナも、この大陸に存在しておらぬかもしれんぞ? しかし余は其方の試み自体を楽しみにしておる。強き兵が増えるのは常に大歓迎だからな」


 高らかに笑ったランフランコ二世がそのまま馬に鞭を入れ、上機嫌でお供の者たちと去っていく。

「陛下は狩りがお好きでね」とニコラは言う。この場所が選ばれたのにはそういう理由もあったのだろう。

 こうして新都ネラのはるか外れで行われた、さながら密会のごとき謁見は平穏無事に終了したのだ。


       ◇


 しかし結局、約束の二年間が守られることはなかった。

 徐々に戦線が押しこまれていく状況に耐えかねたランフランコ二世は、一年半を待たずして、絶大な信頼を寄せるニコラ・スカリエを戦場へ呼び戻そうと決意したのだ。

 彼によって精鋭中の精鋭へと育てられている最中であった、人呼んで〈スカリエ学校〉十三人の教え子たちとともに。

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