2-7 報復論

「で、おれのところへ来たってわけか」


 イザークの商館でまず最初に応対してくれたのは当のチェスター本人だった。

 まだ朝早いせいか大きな欠伸をしてから、にやりと笑ってみせる。


「その判断自体は間違っちゃいないぜ、ピーノよ」


 以前にイザークやコレットとともに使った奥の部屋へとすぐ案内された。

 身を投げだすようにして革張りの椅子へ腰を下ろしたチェスターが言う。


「ま、突っ立ってないでおまえも適当に掛けろよ」


「いいよ別に。長居するつもりはないから」


「つれない奴だな」


 わざとらしく唇を尖らせてみせたチェスターだったが、すぐに真顔へ戻ってピーノの目を見据えてきた。


「最初に言っておくが、真っ向からメルラン一家と事を構えるなんてのは正気の沙汰じゃないぜ」


 いきなり冷や水を浴びせてくるような言葉ではあったものの、ピーノは口を挟まず彼の言い分に耳を傾ける。

 背もたれから体を離したチェスターが猫背気味に前傾姿勢をとった。


「ただ単に一戦交えるだけなら、おれだって負けるなんざこれっぽっちも思ってねえよ。おまえもよく知っている通り、うちの大将の下にゃ腕に自信のある連中がごろごろしてるわけだしな。

 だけどな、そんなのは長い抗争の単なる始まりに過ぎないぜ。緒戦で一人二人の幹部連中を仕留めたところで向こうは必ず報復してきやがる。面子を重んじる以上、そうしなきゃ組織が維持できないってのもあるがね。

 奴ら、それこそどんな手でも使ってこちらの身も心も削りにくるだろうさ」


 声には出さず、内心でピーノも同意する。


「イザークの大将と出会って真っ当な仕事を得て、そして家庭を持ったってのがうちの連中には多いんだ。かつての荒くれ者が今じゃ子煩悩な父親だったりするんだよ」


 ドミニクの旦那があっさり殺されたのは、とチェスターが続けた。


「間違いなくサラさんかレベッカを人質に取られたからだ。断言できるよ。あの人自身、相当の手練れだったからな。そうじゃなきゃあんなにも簡単にやられるはずがない」


 膝の上に置かれた彼の握り拳がわずかに震えているのにピーノは気づいたが、見なかったことにしておく。 


「なるほど。チェスターの話はよくわかった」


 そしてあっけらかんと言い放った。


「つまり、手を出すなら一気に殲滅しろってことだね」


「おい。いったい何をわかったってんだ、ピーノよ」


「要するにまともな人間じゃおいそれと手出しできない相手だから、ぼくみたいな化物じみた奴が潰しにいけばいいって話でしょ。とても単純でわかりやすいじゃない。そもそもこっちだってそのつもりだしね」


 俯き加減のチェスターがさも忌々しげに「ちっ」と舌打ちをする。


「おまえがどれだけやばいのかってのは、ぼんやりとだがそれとなく大将から聞かされてるけどな。ちくしょう、力ある者にはそういう傲慢な台詞だって許される。羨ましいったらねえよ」


 それから彼は再びピーノへと向き直った。


「実際のところ、手をこまねいていられない状況ではあるんだ」


 チェスターの口ぶりが次第に熱を帯びていく。


「元々マダムはメルラン一家に属する人間を客として受け入れていない。それが気に食わないんだろう、一家の当主であるロベールには何度も難癖をつけられていたらしい。加えて今回の事件を受け、遺児となったレベッカをすぐさま引き取ったわけだからな。

 この街でそこまであからさまに行動できるのはあのひとくらいのもんだぜ、まったく。マダム・ジゼルの館こそが次の標的の有力候補と言っていい」


「そんなこと、絶対にさせるもんか」


「当然だ。で、ここからが重要だからな、ちゃんと聞けよ。明日、メルラン一家が大きな宴会を催す予定がある。当主のロベールを始め、幹部連中も勢揃い。おまけに行政府からも何人かお忍びで出席するそうだ。一家とずぶずぶの奴らさ。大方、ドミニクの旦那を始末できた祝賀会も兼ねて、今後の方針を決定するんだろうよ」


「へえ、よくそんな情報をつかめたね」


「あの事件の数日前から、恐ろしく高級な酒や食材がどんどんスイヤールへ運びこまれてきてるんだわ。しかもうちを通さずにな。自前でそんなことができるのはメルラン一家だけだ。向こうにしてみりゃ秘密裏に動いているつもりなんだろうが、こっちはその道の先達だぜ。もう筒抜けよ。後は裏をとるだけでいい」


 願ってもない好機だ。チェスター様様と言う他ない。


「運はおまえに味方している」


 彼の言葉にピーノも大きく頷いた。

 だが続く「うちから何人連れていく?」との問いかけには頭を振った。


「それは必要ない。ぼくがお願いしたかったのは敵を知るための情報と、ジゼルたちが責任を問われることのないように事後処理をしてほしいってだけだよ。戦闘に関与させるつもりはないから」


 これにはチェスターもさすがにすんなりとは受け入れてくれない。


「ピーノ、おまえの力を疑うわけじゃないが本当に一人でやれるのか? ちゃんと勝算はあるのか? もし他の奴じゃ信用できないって理由ならおれだけが手を貸すのでもいい」


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、このお礼は必ずするから」


「バカ野郎、いるかよそんなもん。だいたいな、大将からもおまえのことを口うるさく頼まれているんだからな。損得勘定抜きでいつでも頼れ」


 意外なほどにチェスターという男は直情的だった。

 その熱にあてられたせいか、ピーノも少しだけ彼を頼ってみるつもりになってしまう。


「じゃあ、一つだけお願いしようかな」


「おう、何でも言え。要求には必ず応えてみせるぜ」


 握り拳を作ったチェスターが力強く断言した。


       ◇


 翌日の復讐劇は路上から静かに幕を開ける。

 ロベール・メルランの別宅で宴が開かれる、というのがチェスターからの最終連絡だった。

 異国の樹木を植えた中庭とそれを取り巻く回廊の美しさが名高いのだそうだ。


 念が入ったことに、邸宅へと通ずる道という道にはすべて警備の者を配置していた。日課の散歩をしているだけといった足取りのピーノの前にも、行く手を遮るようにして強面の青年が立ちはだかった。


「何の用だ。しばらくここは通れないぞ」


 向こうへ行け、と手振りで指示してくる彼に対し、ピーノは小さく首を傾げてみせた。


「用、ね。あるといえばあるし、ないといえばない」


「ふざけてんのか、この野──」


 青年は最後まで口にすることができなかった。

 ピーノが手にしたナイフによって素早く喉を真横に切り裂かれたからだ。


「生きてるきみらに用はないから。一人残らず死体になってくれればそれでいい」

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