2-6 祈りと沈黙

 市警隊長、惨殺さる。

 そんな凶報が瞬く間にスイヤールの街を駆けめぐった翌日、人目を避けるようにしてトゥルナードル夫妻の埋葬が行われた。

 まだ日が昇りだして間もない早朝のことだった。


 参列していたのは祈りを捧げるセス教の教父、ドミニクの部下たち数名、サラの師匠だと名乗った銀細工師、そして娘であるレベッカ。

 彼女に付き添ってマダム・ジゼルとピーノの二人も、小高い丘にある墓地へとやってきていた。


「集まったのはたったのこれだけか」


 やるせなく呟いてはみたものの、ピーノにだってその事情は察しがつく。

 二日前の深夜にドミニクとサラは自宅で殺害された。そして犯人もすぐに判明しているのだ。

 とある物盗りの兄弟による犯行であり、翌朝には彼らの死体も発見された。

 二人は強盗殺人を働いたあと、奪った金品の取り分をめぐって仲間割れをする。その結果弟が殺され、さすがに非道を悔いた兄は自殺。

 市警隊の発表によればそういうことらしい。


 まったく筋の通らない話だ。それではただ一人、レベッカが生き残った理由に説明がつかない。

 およそ物盗りの仕業とは思えぬほどの大量の深い刺し傷が夫妻の体中に刻まれていた、と先ほど顔を合わせたばかりであるドミニクの部下の一人が心底悔しそうに語ったことからもわかる。


 これは見せしめなのだ。

 我々の邪魔をすればこうなるぞ、という警告。

 あえてレベッカだけは生かしておくことで、彼女を悲劇と恐怖の象徴に仕立てあげてしまったのだ。


「誰の仕業かなんてみんなわかっているんだ。わかったうえで、それでも『事件解決』を信じたふりをしていかなきゃいけないんだよ。この街ではね」


 事件の報が届けられた際、マダム・ジゼルはそう言っていた。

 メルラン一家。悪徳の都と称されるスイヤールにおいて、最も古く最も大きい犯罪組織だ。

 市警隊の上層部にも賄賂や弱みを握るなどして食いこみ、便宜を図らせるために共通の利害関係を結んでいるのだという。


 そんな彼らに立ちはだかっていたのが若き市警隊長ドミニク・トゥルナードルだった。

 メルラン一家による裏からの支配を快く思わない者たちにとって、一歩も退くことなく対峙し続けるドミニクの存在は希望そのものだった。

 だからこそ太陽は墜とされた。


 つい先日まであれだけにこやかだったレベッカの横顔も、今ではすべての感情が失われてしまったかのようにしか見えない。

 ぴったりと彼女に寄り添って手を繋いでいるマダム・ジゼルの指には、サラから受け取ったばかりの銀の指輪がはめられている。


「この子は今日から私たちの家族です。みんな、異論はないね」


 レベッカを保護して連れ帰ってきた際に、マダム・ジゼルは果敢な決断を下した。そして二人を出迎えた娼館の女たち全員が頷いた。


 夫妻の死体が発見されたあの物々しい朝から、街はすっかり息を潜めてしまっている。力ずくで邪魔者を排除したメルラン一家が次にどう動くのか、誰もが固唾を飲んで成り行きを注視していた。

 それはそうだろう、ドミニク・トゥルナードルと同じ末路をたどりたい者などいるはずもない。


 そんな重苦しい空気がスイヤールを支配する中、マダム・ジゼルだけが両親を失ったレベッカを引き取るべく声を上げたのだ。

 敬意に値する、とピーノは思った。

 同時に「何としても彼女たちを守らなければならない」と心に誓った。


 トゥルナードル夫妻への最後の別れを告げ、レベッカとマダム・ジゼルが穴へと横たえられた棺桶にゆっくりと背を向ける。

 足取り重く歩きだした彼女たちからつかず離れず、油断なく辺りを警戒しながらピーノも帰路についた。


 ひどく長く感じられた道のりを経て、ようやく娼館の傍まで戻ってきたところで、ピーノは不審な男の存在を二人ほど察知した。

 男たちは館の周囲を窺うような素振りを見せている。彼らの足の運び方は素人のそれではない。


 危険だ、とピーノは判断した。

 すぐに前傾姿勢をとって戦闘行動に入りかけたが、そんな彼をマダム・ジゼルが鋭く制止する。


「早合点しないで。彼らはチェスターくんの部下だ」


 見覚えのある顔だよ、といくらかほっとした口ぶりで言う。


「随分と気の利く男だからね、チェスターくんは。君がレベッカと私の護衛についていたから、その間の警護要員として部下を寄越してくれたんだろう」


 副長であるコレット以下、女たちしかいない館の状況はピーノとしても気にかかっていたが、まずはレベッカとマダム・ジゼルの身柄を守ることが最優先だった。


 レベッカが両親とともに殺されず捨て置かれたといっても、そんなのは敵の気まぐれにも似たものだ。いつまた狙われるかわかったものではない。

 マダム・ジゼル同様、ピーノも少しばかり安堵した。


「なるほど、さすがにイザークが抜擢するだけはあるね」


 チェスター・ライドンという抜け目のなさそうな商人は、どうやらピーノが考えていたよりも骨のある男らしい。

 彼のとった行動は「俺はおまえたちの味方だ」と自身の立場を表明することに他ならないのだから。

 足を止めたピーノは、自らの雇い主であると同時に護るべき対象でもある女性へと告げた。


「マダム・ジゼル、悪いんだけど彼らにもう少しだけいてもらってほしい。ぼくはちょっと行くところができた」


「──できれば昼食には間に合うように帰っておいで」


 何か聞きたそうな雰囲気のマダム・ジゼルではあったが、口に出すことなくそのまま彼を見送ってくれた。

 レベッカとしっかり手を繋いだままで。

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