1145 一番手

 崇秀の協力の元、スタジオを借り、みんなで生演奏のカラオケを実現させた倉津君。

だが、そこで一番手で唄うジャンケンをした結果、素人である真菜ちゃんが一番に決まってしまい……


***


「妹、シッカリ頑張りやぁ、応援してんで」

「あっ、あっ、あっ……はっ、はい。がっ、がっ、頑張ります」


あぁ……チビッ子が応援してはくれてるのは良いんだけど、あの様子からしてダメだな、これは。

真菜の奴、ステージに上がっただけでもう既にガチガチになってる上に、完全なまでにテンパッてやがるのが手に取る様に解る。


そんな調子だから、見てるコッチの方がハラハラするわ。



「なにをそんなにテンパッてるんよ?そんな所で歌を唄うぐらいでなんて事ないやろ?普段、テニスの試合をしてる時の方が、人から注目されてんねんから」

「あっ、あぁ、はい。そっ、そっ、そうですね」


そんな言葉とは裏腹に、真菜の奴は力一杯マイクを握り締めてるな。


けど、幾らなんでも力み過ぎだろ。

その調子で握り続けたら、仕舞には、その無駄に高そうなマイクを握り潰しちまいそうな勢いだぞ。



「ハァ~~~、アカンわ、この子。こんな調子やったら、ロクな歌にならへんわ。誰か一番手を変わったりぃや」


うむ、ちびっ子よ。

その判断は、実に有り難い判断だな。


今のままの真菜じゃあ、マジでアカンわ。

多分コイツ、真面目な性格だからカラオケすらもした事もなさそうだしな。


……ってな訳なんで。

チビッ子が周りを見回しながら、一番手の交代を促してくれたんだが。

矢張り、みんな一番手を嫌がってるのかして、真菜の交代要員が見付からずにいた。


だが、そんな窮地の中。

たった一人だけ、手を挙げてくれるものが居た。


そいつは……



「しゃあないのぉ。ほんだら、俺が一番に唄ったるわ」


ぎゃあ~~~!!

そうやって交代要員を買ってくれたのは有難いが、それが寄りにもよってオマエかよ!!


歌で人を殺せるレベルの音痴が、なんでそんな立候補なんて厚かましい真似が出来るんだ?

音痴キングのクセに、生意気に自ら名乗りなんか上げてんじゃねぇよ。

殺人的な歌声で、此処に居る全員を殺害する気か!!


ヤメイ!!



「死ね!!唄うなRJ」

「帰れRJV」


うん?

俺と同意見なのかして、奈緒さんと千尋が反対の意を示してくれたのは良いんだが。

今、山中に向かって奈緒さんと千尋が言ったRJってなんだ?


なんか聞いてるだけの範囲じゃあ「ロバート・ジョンソン」の通称みたいな格好の良い呼び名だけどよぉ。

絶対になんか裏が有って、ロクでもねぇ渾名の様な気がしてならないんだが。



「なんでやねんなぁ!!人が親切に変わったる言うてんのに、その扱いわ?それにそのRJって、なんやねんなぁ?」

「リアル・ジャイアン。略して『RJ』」

「リアル・ジャンク・ヴォイス。略して『RJV』」

「最悪や。俺の何所が音痴やねんなぁ。メッチャ上手いちゅうねん」


誰がどう聞いても、決して上手くねぇからな。

例えるならオマエの歌声は、キン肉マンに出て来たステカセキングの『地獄のヘッドホーン』位、最悪だ。


聞かされた者は鼓膜が破れて死ぬから、即座にそこは自覚しろ。



「ふぅ。これじゃあ埒が開かないな。誰か代わりに唄ってくれる奴は居ないのか?」

「いや、だから、俺が唄う言うてるやん」

「イヤ、音痴君の前説は、もぉ良いからさぁ。早くステージから降りなよ」

「うぉ!!ニィちゃん等、親切やな。無視せぇへんだけでも、アンタ等、十分に神やわ」


その意見は、あまりにも哀れすぎるぞ山中。

無視されずに相手にされただけでOKとかは流石にダメじゃね?


そんなんで良いのか?



「ふむ。じゃあ、立候補者が居ないみたいだから、俺と椿の2人で最初に唄わせて貰おうか?この間、作ったばかりの新曲があるからね。良かったら、一番手を任せて貰って良いかい?」

「浩ちゃん、あれやるの?だったら椿も、直ぐに唄いたい♪唄いたい♪」


なぬ?

ただ親睦を深めるだけのカラオケ大会のつもりだったが、イキナリ島田さんと椿さんによる新曲発表だと……


オイオイ、これはまたとんでもねぇ展開になったもんだな。



「新曲?それは良いな。是非、一番最初に聞かせて貰いたいものだな」

「俺ちゃんも賛成だ。但し嶋田ちゃん。今までみたいな手抜きの演奏はなしだぜぇ」

「良いよ。なら、久しぶりに真面目に演奏してみますかね」


なっ……この言い分。

此処最近、嶋田さんの演奏技術が向上してない様に思えていたのは、嶋田さんが腑抜けてたんじゃなくて、手を抜いていたからだとでも言うのか……?


通りで、おかしいと思ってたんだよな。



「ちょう待てや、嶋田さん!!今のんは、一体、どう言う意味や?どう言うつもりで、今まで手抜きなんかしとったんやな?これは一番手とか、もぉそう言う問題やないで」


そらそうだわな。

同じバンドに所属してる人間なら、そう言う反応になっちまうわな。



「うん?解らないのかい?山中君が、いつの間にか、酷い下手糞に成り下がっていたから、君の音楽レベルに合わせて演奏してただけの話だよ。それをみんなは、俺が下手に成ってるものだと勘違いしていたみたいだけど。それ、ただの勘違いだからね」

「なんやと?」

「俺はねぇ、山中君。人気やお金を得てからと言うもの、仲居間さんに対する敵対心を失くしていった君には失望してたんだよ。だから、バンドが解散しても良いって位の考えで、君の音の合わせてバンド活動をし続けていた。それに現実問題として【無名】は、もうそんなに長くないと踏んでいたからね。充電期間を兼ねて、作曲の時間を設けさせて貰ってたんだよ」


ちょっと待ってくれ。

流石に、そりゃイカンだろ、嶋田さん。


山中の件でムカ付いてたとしても。

金を払って見に来た観客に、手抜きの演奏を聞かせるなんて、そんなの嶋田さんらしくないぞ。


一体、どうしちまったんだよ?


それによぉ。

こんな所で喧嘩は辞めてくれよ。


場違いも良い所だぞ。



「ちょっ!!嶋田さん!!それは流石に不味いッスよ。幾らなんでも、それはプロとしてやっちゃイケナイ事なんじゃないんッスか?」

「そうだね。本来はやっちゃイケナイ事だね。けどね、倉津君。俺の飛び抜けた音を普通に弾いたんじゃ、音の調和を乱す原因にしかならないんじゃないかい?だから、その成らない為にも、演奏を下手な奴に合わすしかなかった。これは、椿も、遠藤君も了承していた事。知らなかったのは、山中君だけって事だね」

「なっ……」

「……まぁ、兎に角だ。これ以上、此処の空気を悪くするのは良くないから、一曲目行かせて貰うよ。『The past ghost(過去の亡霊)』……噛み締めて聞きな」


-♪--♪-♪-♪-------♪--♪-♪--♪-♪-♪--♪-♪--♪-♪-♪--♪-♪--♪-♪-♪--……



そうか……

椿さんも、康弘も納得していたのが事実だから、必要以上になにも言葉を紡ぎ出さなかったのか。


それにしても、嶋田さんのスランプだと思われていた原因が、山中だったとはな。


現にな。

今演奏している嶋田さんのギターの音色は、椿さんと2人だけで奏でる音楽だから、なんの遠慮も無く、すげぇ良い音を醸し出している。

ただ只管に正確で、なんとも言えない様な気持ち良くも清々しい演奏を聞かせてくれている。


この演奏を聴いただけで、嶋田さんは……なにも衰えちゃ居ない。


死神は健在だ。


……だとすると。

嶋田さんの言う『山中の腕が落ちて来ている』と言う話は、強ち嘘じゃないって事か?

いや寧ろ、現実性が増してしまった。



……そうこうしている内に、5分程の短い曲が終わった。


でも……どうするよ、これ?


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【後書き】

最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございましたぁ♪<(_ _)>


『嶋田さんの腕が鈍って来た』っと言う話は、結構以前から出ていた話題だったのですが。

実はそんな事は一切なく。

バンド内での音の質を合わす為に、敢えて山中君の音に合わせてただけの話だったんですね。


まぁただ、そういう細かい音の質なんてものは、相当な音楽マニアでもない限り解らない事ですし。

仮にそれが解る人であっても、バンドの質の低下は、群を抜いて上手い奏者である嶋田さんに、どうしても目が行ってしまうからこそ、これは起こりえた勘違いだと言えるのかも知れません。


現にあの崇秀ですら「見誤ってた部分がある」位ですし。

(まぁ、コイツの場合は、敢えて、そう言ってただけかもしれませんが(笑))


さてさて、そんな厳しい現実を突きつけられた山中君。

果たして、この後、どう言った反応を見せるのか?


次回は、その辺の問題について書いて行こうと思いますので。

良かったら、また遊びに来て下さいねぇ~~~(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾

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