婚約者には見切りをつけたので続編キャラを攻略します

細蟹姫

婚約者には見切りをつけたので続編キャラを攻略します

「ソフィア! この場でお前との婚約を破棄する!」


 煌びやかな夜会会場に王太子、サイラス・グラッドの声が響いた。

 キンと頭に響く声に不快感を感じながらも私は内心ほくそ笑む。


(やっとここまで来たわ!)


 ***


 私の名前はソフィア・サンチェス。

 3歳で大人を話術で負かし、5歳で習っていないピアノを弾いて、8歳で専門家も唸る計算式を発表してしまい『稀代の才女』なんて二つ名を付けられた侯爵家の長女よ。

 ただそれは、小さい頃から私の中にあった不思議な記憶のお陰。

 それが誰かの為になるならと思ったのだけれど…

 その行動が過ちだったと気づいたのは、8歳の冬。

 サイラス様の誕生パーティーの前日に国王陛下に呼び出され、サイラス様と婚約の婚約話を聞かされた時だったわ。


 ―― よしっ! スチル全コンプ!! ―――


 そんな声が頭に響いたと同時に、知らない記憶がドッと頭に流れ込んだのよ。


 サブカルに恵まれた国・日本。オタクOLな私。

 病気で余命宣告され、貯金を全課金した恋愛ゲーム。


 タイトルは『うるわしの太陽と恋をする』略して『うる恋』

 グラッド王国を舞台に、王太子であるサイラスとヒロインプレイヤーが困難を乗り越え結ばれる物語。


 それらの記憶はここが『うる恋』の世界だという事。そして――


「悪役令嬢、ソフィア・サンチェス?」


 私が悪役令嬢であることを教えてくれたのよ。


 ***


 ゲームのソフィアは、容姿こそ美しいけれど特出した才能は無かった。

 サイラスとの婚約も、彼女の我儘を受けた父親が、陛下の専任医師という立場を利用して無理やりこぎつけた物で、2人の関係は良好とはいかず、サイラスはヒロインに心惹かれていくの。

 それが面白くないソフィアは、定番の虐めで二人の恋愛を大いに盛り上げるのよ。


「エンディングではソフィアがヒロイン暗殺の罪を被り死刑。家族も爵位はく奪とか断罪があった気がするわね。」


 記憶を頼りに、これから起こりうる事を整理した私は、その日からあらゆる学問を学び、国にとって優秀な人材であろうと努力する事にしたわ。

 そうすれば、いずれ私が不要になっても死刑は免れられると考えたの。

 この婚約はお父様も寝耳に水の国王命令だったらしいから、お父様が私の為に汚い手を使う事は無かったはずだし。

 死にたくないのはもちろんだけど、過保護な両親と馬鹿が付くほど真面目な兄が、悪役令嬢の家族と言う理由で裁かれるなんて事はあってはならないわ。


 余計な事をしなければ、才女と呼ばれる事も、サイラス様の婚約者になる事も無かったと、自身の行いを後悔する事もあったけれど、過去は変えられないもの。

 だから私は『稀代の才女』であるよう努力する事にしたのよ。


 ***


「おい、聞いてるのかソフィア!」


 煩いわね。

 やっとこの日が来たのだから、少しぐらい感傷に浸ったっていいじゃない。


(大体、人と話すときは相手の顔を見るのが基本でしょ。あれほど言ったのにこの男は人としての最低限も学ばなかったわね。)


 仕方ないから意気揚々と私の背中に指を突き立てて、断罪しようと躍起になっているサイラス様残念な男のお話、聞いて差し上げましょうか。


「ソフィア様?」


 談笑していた友人達が、突然婚約破棄を言い渡された私を心配そうに見つめてくれたわ。


「大丈夫よ。」


 友の不安を取り除くよう浮かべた笑みは本物よ。

 私は優雅な仕草を心掛け扇を広げ、口元を覆ってサイラス様の方を向き直った。


「サイラス様、そのお話はこの場に相応しくありません。後日―――」

「時間稼ぎとは小賢しい。お前なんかと結婚と考えるだけで悪寒がするんだ。俺は、この可愛らしいエリーと結婚する!」


 名前を呼ばれ、サイラス様の後ろから小柄な少女がひょっこりと顔を出した。

 コーラルピンクのふわふわな髪に大きな瞳、貴族令嬢らしからぬ小動物の様な仕草であらゆる男性を魅了すると噂がある、『うる恋』のヒロイン、エイプリル・フール。

 プレイヤーが名を変更する事を前提に付けられていたデフォルト名が本名になっている、ちょっと可哀想な男爵令嬢。


 今夜もそのあざとさで、夜会に居る男達の視線を集めてたみたいね。


(腕絡ませて、お熱い事。)


 まぁ、いいわ。

 私とて、国の重要事項王族の婚姻を、小学生の我儘レベルで語る男に未練の未の字も沸かないもの。

 事後処理にあたる方々彼の側近は少し気の毒だけど、諭していた彼らも今ではフール男爵令嬢に骨抜き状態だし、自業自得だわ。


「忠告は致しましたよ?」

「随分な態度だな。お前のそういう所に心底嫌気が刺す。何様のつもりだ?」

「…」


「あなたこそ王太子としての自覚あります?」と聞いてみたいけど、ここは我慢よ。


みな、急な話で驚いているとは思うが聞いてくれ。俺も何の考えも無しに婚約破棄を告げている訳では無い。ソフィアは、平等が掲げられている学園生活で風紀を乱したんだ。こいつがエリーに対して行った悪事の証拠をこれから読み上げる。 そうすれば俺の判断が正しい事は聡いお前達にも分かる!!」


 私の沈黙を好機と捉えたのか、水を得た魚のように生き生きと私の罪状を読み上げるサイラス様。

 内容は、ゲームでソフィアがヒロインに仕掛けた虐めと同じで、教科書を捨てる・怪我をさせる・ドレスを破く・暗殺者を仕向ける…等々。

 どれも身に覚えが全く無いわ。

 けれど完璧な証言や証拠が揃って居るから不思議よね。

 そういえばフール男爵令嬢は、愛らしい顔に似つかず豊満な身体を持っているらしいくてね、迫られると殿方は拒否できない事から魅了魔法なんて言われてるんですって。

 証言を提出しているのが令息ばかりな事と関係があるのかしらね?


「エリーが暴れ馬に轢き殺されそうになった日、俺は野次馬の中にソフィアを見た。エリーを襲った暗殺者を捉え、聴取したのも俺だ。ソフィアからの依頼だと白状させた。この女はなどではない。只のだ!」

「あ、あの!!」


 キンキンと煩い声を上げるサイラス様の横から「怖いけど頑張ります!」みたいな雰囲気の猫なで声でフール男爵令嬢が続く。


「そんなに責めちゃ駄目よサイラス。私、ソフィアの気持ち分かるもの。でも…殺されそうになった事は怖かったから、謝ってほしいな。そしたら許そうと思う。」


 そう言いながら披露されるぶりっこ特有の首振り。

 どうせ揺らすなら、〇コちゃん人形くらいガンガンに揺らして欲しいわね。

 肩をガッシリ抑えて前後に振ってやろうかしら?


 …なんて、考えていたら静まり返りかえった会場の視線は私に一点集中していたわ。


(少し感情的になってしまったかしら。)


 特に、もの言いたげな友人達の強い視線に冷静になれたので、扇子を閉じて今一度サイラス様とフール男爵令嬢の顔を見ると、2人はニヤニヤしながら私の謝罪を待っている。

 もちろん、謝りませんわよ。


「それだけ自信がおありならば、益々このような場での公表は悪手でしかありませんね。この件は、さっさと司法に委ねるべきでしょう。皆さん困惑されていますわ。」

「は? 罪を認めないつもりか?」

「お願い、罪を認めて謝ってソフィア! 私はあなたとも仲良くしたいわ。」

「エリー、君はどうしてそんなに心が清いんだ。」

「清くはないわ。ただ、サイラスの隣に相応しくありたいだけよ。」

「あぁ、エリー。君こそ国母に相応しい女性だ。結婚してくれ。」

「まぁ、サイラスったら。」


 見つめ合い、互いの手を取り合ってうっとりと自分たちだけの世界に入り込む2人は、永遠に 「キャッキャ、うふふ」 として居そう。頭痛がするわ。


 しかしここまで会話にならないとは予想外ね。

 昔はもう少しまともだった気がするんだけど…頭のネジ飛んだの?

 ともかく、こんな事に時間を使うのも馬鹿馬鹿しいし、皆さんに迷惑ですから、さっさと終わりにしたい所よね。


「兄様、お願いできますか?」


 と、言い終わる前にしびれを切らしていたらしい兄様は、さっさと役目を果たすべく会場から出てしまっていた。



 ***


―――8年前


「毎日毎日、勉強勉強って、お前つまらないな。」

「そうですか? 私は、教養のない人間と会話する事の方がつまらないですけど。」


 突然の婚約に、最初はお互いに距離を量りかねてギクシャクしていたのを覚えている。けれど、一見ぶっきらぼうで粗雑なサイラス様は、その実心根の優しい少年で、打ち解けるのに時間はかからなかった。


「ソフィア。今から市井に行く。これに着替えろ。」

「え? この後は一緒にダンスのレッスンが…」

「ダンスで腹は膨れない。それより浮浪者にパンを配るぞ。じゃ、デリック、後は頼んだ。」

「仕方ありませんね。ソフィア様、サイラス様を宜しくお願いします。」

「えぇ!?」


 私の手を強引に引くサイラス様は、その名の通り太陽のように明るくて、その周りにはいつも笑顔が溢れていた。

 彼の身勝手さに手を焼きながらも、その行為を理解して城を抜け出す手伝いをしていた大人は結構いたのよね。


「何故頻繁に市井へ?」


 いつか、そんな事を聞いたことがある。

 そうしたら、サイラス様はいつになく真剣な眼差しで私の目をじっと見つめ


「俺は王にはならないから。」


 と、目尻をクシャっと歪ませた。


「俺は、王となる兄上を支えられる存在になりたい。その為に必要なのは座学より、国民の生の声を拾う事だと思うんだ!」


 ドヤッ! っと目を輝かしているサイラス様に


(いや、座学も大事よ?)


 という言葉は飲み込んで「一理ありますね。」とほほ笑み返したっけ。


「だから、俺はお前を王妃にする事は出来ない。それでもいいか?」

「良いも何も…」


 これは王命ですよ。

 という言葉は、真っ直ぐ貫いてくるサイラス様の瞳に消えた。


「私は、王妃になりたくてお傍にいる訳ではありません。婚約者としてサイラス様のお心に誠心誠意尽くしたいと思っていますわ。」

「そうか。」


 そう一言、再びクシャっと目尻を歪ませ笑ったサイラス様に、胸がキュンっとなった気がしたのだけれど


「じゃ、ソフィアは俺の代わりに座学を究めてくれな。」


 なんて言うからすぐに吹き飛んだわね。


「駄目です! サイラス様が教養を身につけなければ、ホルス様に迷惑が掛かるのですよ?」

「俺の婚約者は手厳しいなぁ…」


 そんな風に、笑い合える時間が確かにあったのよね。

 いつかサイラス様のお心が変わるとしても、周りの大人たちが彼を温かく見守る様に、私も傍でサイラス様を支えたいと思った日が。


 だけど、そんな温かな日々は突然終わってしまった。


 サイラス様の兄であり、王太子だったホルス様が不治の病に倒れ、王太子の座がサイラス様へと移ったことでね。


 ***


 第一王子、ホルス・グラッドは才能とカリスマ性に恵まれた王太子で、誰もが彼を次期王にと願っていただけに、病に倒れた絶望感は計り知れず、やり場のない気持ちは自然と、サイラス様不出来な後任にぶつけられたわ。


 それはゲームの通りでもあって、そんな日々で荒れたサイラス様の心をヒロインが癒す。彼女のお陰で自信を取り戻したサイラス様は、政策を次々と成功させて民に認められていくの。


 私もそれは知っていたから、サイラス様の手伝いになれるよう頑張ったのだけれどね…


「サイラス様、この書類なのですが誤りが…」

「またか! お前が黙って直せばいいだろ? 俺は忙しいんだよ。見て分からないのか?」

「ですが、直筆を…」

「あぁ!? 融通の利かない女だなっ! お前、俺の事見下してんだろ!?」

「そのような事はありません。私はただ…」

「黙れ! お前が居ると空気が悪くなる。さっさと出て行け!」

「…失礼いたしました。」


 彼は慣れない公務のストレスを全て私にぶつけ、会う度に攻撃して来るから、仕事を手伝う度に関係にはヒビが入って行くのを感じたわ。


(これがシナリオの強制力って奴? 結局私は悪役令嬢か。)


 頭では分かっていてもその変化に心は傷ついていて、確かに育まれていた淡い想いと忠誠心は、そんな日々の中で確実に消えて行ったのよ。


 ***


 そうして迎えた、ゲームの開始。

 貴族が通う王立学園での生活は、快適だったわ。

 サイラス様とフール男爵令嬢は、悪役令嬢が居なくとも順調そのもので、あえて接近する必要が無かったのが大きいわね。


 何もしてないのに死ぬのは勘弁だけど、シナリオ通り2人で苦難を乗り越えて国が豊かに繁栄するのなら、婚約破棄を受け入れて田舎の領地に引っ越そうかな? なんて呑気に考えながら、学園生活を謳歌したわ。


 だけど、いつまでたってもサイラス様の真価は発揮されない。

 それどころか公務はついに放棄されて、私はその尻ぬぐいに忙しくなったの。


「陛下、折り入ってお話がございます。」


 全てに見切りをつけて、国王陛下にそう直談判したのは丁度1年前。

 水面下でずっと準備していた事を実行する許可がすぐに頂けたのは意外だったわね。



 ***



「ソフィア、お前が何をたくらもうが無駄だ! 男に二言は無い。婚約は今すぐ破棄する! それとも『稀代の才女』様は、置かれている状況の把握も出来ない程愚かなのか?」

「ソフィア! サイラスを愛していたあなたが私の事を憎むのは当然よ。でも、悪い事をしたら謝らなくちゃ駄目なの。ごめんなさいって言って!!」


(見苦しいのはどっちよ!? 会話も出来ず同じ事をペラペラと…知能レベル、サル以下?)


 とは、流石に言いませんわ。

 お言葉通り、私は『稀代の才女』ですもの。

 わざわざ同じ土俵に降りてやるつもりは毛頭ありません。


「お話はよく分かりましたわ。要求されるのは婚約破棄の了承とフール男爵令嬢への謝罪でよろしいですわね?」

「分かったらさっさとそこに膝を付け、頭を下げろ。折角の夜会がお前のせいで台無しになっているんだから早くしろ!!」


(はぁ? お前のせいだろ!?)


 とも、言いませんわよ。時間の無駄です。それよりさっさと、ぶっ潰しましょう。


「では、改めまして。フール男爵令嬢。私はサンチェス侯爵家の長女、ソフィア・サンチェスと申しますわ。ご挨拶が遅れまして、わ。」

「は?」

「あら、サイラス様は知りませんでしたか? 私達、今夜が初めましてなの。学年もクラスも違うので接点が無くて。」


 だというのに、さっきから人の事を呼び捨てにしているフール男爵令嬢。

 これまでの会話でも、貴族界のタブーを犯しまくっている彼女だから、程度が良く知れ渡った事でしょうけど。


 彼女はきっと、私と同じ転生者だから、登場キャラだった私をと呼ぶ気持ちは分からないでもないけれどね。

 ここは現実として人が生きる世界。ゲーム感覚なのは大問題よ。


「だ…だから虐めは無かったとでも言うつもりか? 俺がエリーを最愛とした事に嫉妬し、面識ないエリーを殺そうとしたのなら余計に悪だろ!」


(いやぁ、本当に頭が悪いなこの男。浮気認めちゃってんじゃん。)


「いえ、私は謝罪要求に答えているだけですわ。あ、サイラス様にも謝罪をしなくてはなりませんわね。。この場でいくら婚約破棄を求められても、応じる事が出来ませんわ。何故なら、私たちは既に。」

「は…?」


 騒つく野次馬。目を真ん丸くするフール男爵令嬢。は、良いとして…

 当事者であるサイラス様がポカンと間抜け面晒しているのは如何なものなの?

 書類へのサインは必ず目を通してからにと再三伝えたの、無意味だったのね。

 だったら慰謝料請求もすれば良かったわ。


「1年も前に書類にサインをいただいたじゃないですか。因みに証人は陛下と王妃殿下ですわよ。」

「なっ!?」


 口をパクパクさせているサイラス様の横で、今度はフール男爵令嬢がニンマリと口角を上げる。


「じゃぁ、サイラスはフリーって事? なら、結婚も自由って事ですよね。安心してください。私が王太子妃となってサイラス様をしっかり支えます!」

「あ、フール男爵令嬢。それは無理かもですわ。」

「はぁ!?」


 フール男爵令嬢の顔が、恐ろしいほど醜く歪む。

 そんな顔を殿方たちに見せてしまっていいのかしら?

 まぁ、私の知ったこっちゃないわね。


「あんた、調子に乗るんじゃな―――」

「取り込み中失礼するよ。」


 唸るような声を出したフール男爵令嬢の言葉を遮るように、背中の方で凛とした声が響き、会場内は騒然とし始めた。


(ナイスタイミング。)


 扉付近の貴族達が頭を下げて道を開けると、見えた渦中の人物にサイラス様は亡霊でも見たように顔を真っ青に染めた。

 隣のフール男爵令嬢は「あ、イケメン」と目の色を変えてロックオンしているから呆れるわね。


「申し訳ありません。場を整えてからお迎えしたかったのですが、私の力不足です。」

「むしろ安心しているよ。君なら一人で成し遂げてしまうと思っていたからね。私にも見せ場を用意してくれた事に礼を言う。」

「まぁ、買いかぶり過ぎですわ。ホルス様。」


 歩みを進めたホルス様は、穏やかに言葉を並べながら私の腰に手を回し、グッと抱き寄せた。

 ベタベタ引っ付いているサイラス様達の稚拙さ悪目立ちする程、スマートで素敵な振る舞いだわ。


「何故…兄上がここに?」

「病を克服したんだ。フィーのおかげでね。」

「フィーとは、その?」

「ん? 婚約者を愛称で呼ぶのがそんなに不思議か?」

「婚約者!?」

「あぁ。彼女は去年学園を卒業したその足で私の元を訪ねて来たんだ。追い返そうにも、医者も匙を投げた私の病を「治す」と言って聞かなくてね。それなら好きにと研究を許可したら、なんとたった1年で効き目ある新薬を作り出した。その知識の深さと賢明さ、ひたむきな姿勢に惚れ、彼女に婚約を申し込んだ。お前達の婚約破棄の話は聞いていたからね。フィーはまだ、心の整理が出来ないと前向きではないが、あらゆる手で口説き落とすつもりさ。」


 美しい銀髪の向こうに見える瞳が、ブルームーンの様な柔らかい光で私を見て来るから、ちょっと恥ずかしいわ。


「卒…惚れ…婚約…くど…?」

 

 サイラス様は挙動不審に目をグルグルさせながら、単語をオウム返ししている。

 残念な頭では、言葉の意味を理解するまでもう少しかかりそうね。


「え、じゃぁホルスは死なずに私のお義兄さんになるって事? 」


 こっちはこっちで、猫なで声で結構な事を…。


(ゲーム内でもホルス様は死んだりはしないわ! あと、呼び捨てにすんな!)


「サイラス。お前はこの無礼な女の何処に、フィー以上の価値を見出したんだ?」

「ひど~い。これから家族になるんですし、硬い事言わないで下さいよ。」

「牢へぶち込まれたくなければ口を閉じていろ。」


 背筋が凍るような声色でキッっと睨みつけられ、さすがのフール男爵令嬢もサイラス様の背に隠れるように身を縮めた…と思ったら、ひょこっと顔を出して潤ませた上目遣いをホルス様に向けている。凄い強心臓だわ。


 そんな彼女を再度睨みつけてからホルス様は怖すぎる程綺麗な笑みを浮かべてサイラス様に向き直った。


「さて、サイラス。コレを覚えているかい?」


 懐から取り出された一枚の誓約書には、病が治った際には、王太子の座はホルス様に即刻返すと記されている。

 サイラス様が王太子を継ぐことになった日に渡した物だそうよ。


「男に二言は無い。でしたっけ? そう言えばサイラス様、昔おっしゃっていましたものね。「俺は王にはならない」って。流石ですわ。」

「はぁ!? サイラスが王にならないってどういう事よ!?」


 皮肉った私の言葉に黙って居られないフール男爵令嬢。

 黙れと言われてから3分持たなかったわね。


「あなたが王太子妃にも王妃にもなれないという事ですわ。そうね、順当にいけばその席は…私の物になりそう。ね。」

「はぁ!? つまりサイラスが私に取られたから、ホルスに乗り変えようって事? 最低。ホルス様、騙されないで! この女から受けた嫌がらせや殺人未遂教えてあげるから!」


 意気揚々と私の罪を読み上げるフール男爵令嬢に、ホルス様が今にも剣を抜きそうになっている。でも、ここは私のターン。我慢してもらいましょう。


「その作り話を信じるのは、残念な人達だけよ?」

「無駄よ。こっちには完璧な証拠があるんだから。」


 それがそもそも可笑しいと気づけないから残念なのだけどね。


「あなたの主張は、この1年私から執拗な虐めを受けたという事よね? でも、私は昨年卒業試験に合格し、その1年学園どころか王都にも居なかったの。辺境にある王家の静養地で、常に王家の監視下に置かれながら薬の研究をしていたんだもの。」

「な…」


 1年前。

 陛下に謁見した私は、サイラス様との関係修復は見込めない事、それ故に婚約破棄を望む事、そして国が崩壊に進む前に、ホルス様の治療の尽力したい旨を願い出た。


 陛下は私に不敬罪での留置を仄めかし、その上で、卒業試験を受ける権利と、ホルス様の居る静養地へ滞在する許可を与えて下さったわ。


「是非は1年後の成果を見て問う事としよう。」


 私にとって、人生最大の賭けが始まった瞬間だった。


 でもね、勝算はあったの。

『うる恋』の続編にあたる、末期となったホルス様を救う物語をプレイ済みだったから。

 ゲームでは、病を治すヒロインは隣国の錬金術師で、私は錬金術の仕組みも分からない一般人。でも、必要な素材を暗記して、要となる薬草は事前に手配していた私は、国が誇る最先端の設備でなら薬が作れるはずと思ったの。

 そして、その賭けに私は勝つことが出来たわ。


「悪事の証拠とやらは、私が責任をもって預かろう。助かるよ。この国に不要な人間が一目で分かる。」


 ホルス様の一言で、会場にいた令息が数人、青白い顔色で倒れたわ。

 悪い事って出来ないものね。


「エリー、俺を騙したのか?」

「騙すって何? あんたこそ、これでソフィアの顔を潰せるって喜んだじゃん。王太子妃になったら好きなだけ贅沢させてくれる約束だったのに、騙されたのはこっちの方よ!」

「な…」


 何かがプツンと切れた様子のフール男爵令嬢は怒りに任せて何でも自供してくれそう。一方でサイラス様はまだ、もの言いたげ。


「俺は兄上になれるはずだったのに、それもこれも全部お前のせいだソフィア。俺を見下し、俺から全て奪いやがって!」


 酷い言いがかり。でも、胸が痛むわ。

 ゲーム通りの愚かなソフィアだったなら、彼はここまで追い込まれなかったかもしれないもの…


「それは違う。」


 サイラス様の言葉を否定するホルス様の声は、私の心にもシンと響いた。


「死を覚悟した日、お前達が居るから安心して逝けると本気で思った。」

「兄…上?」

「私はお前を信頼していた。」


 ホルス様の手が、少しだけ震えているのが分かる。

 この兄弟がお互いを尊重し合う同士だった事を知っているから、その一言に込められた無念さが手に取るように伝わって来て、私も黙ってはいられなかった。


「サイラス様。あなたがパンを分け与えた元浮浪者の1人、パン屋を営んでいるんです。あなたの様な人格者になるのが夢だって、言ってましたよ。」


 忙しくなり市井へ向かわなくなったサイラス様へ、渡して欲しいと預かった手紙が、私の部屋には沢山保管されている。


「ホルス様になる必要など無かったです。サイラス様はそのままで十分に、民から愛される王になれました。そんなあなたを、私はお慕いしていました。でも、それらを捨てたのは、あなた自身ですわ。」


 手紙を預かる度に声は掛けたけれど、「庶民からの手紙など何の足しにもならない」と、彼は民の思いを平気で切り捨てた。


「俺は…」


 サイラス様は力なくその場でカクンと膝を付き、まだギャーギャー喚き散らしているフール男爵令嬢と共に連行された。

 国を想い民と向き合っていた頃を思い出し、己の過ちと向き合ってくれることを祈るわ。


 ***


 数日後。

 屋敷にやって来た王家の馬車に、いつの間にか荷造りしてあったカバンと共に乗せられて、私は辺境の静養地へと向かっていた。


「陛下から休暇を頂いたんだ。だからフィーと出掛けようと思って。」


 隣に座ったホルス様は、ニコニコしながら私の手を握って離してくれない。


「缶詰め状態で研究してくれたフィーは知らないだろうけど、あの辺りは何でもあるから、フィーのしたい事を全部しよう。」


 そうして広げられた手作りの分厚いガイドブックには…うん。私の好みが良く反映されてる。


「お父様ですか? それともお兄様?」

「両方。それから侯爵夫人に陛下、王妃殿下も私の味方さ。」


 全員敵じゃない!?


「言っただろう? あらゆる手で口説き落とすと。それまで帰って来るなと言われているし、フィーには私を好いてもらうから覚悟してね。」


 サラッと私の髪を掬い口づけするから、顔が茹でダコになりそう。


(どうしよう…私、元々ホルス派なんだけどな…)


 婚約に前向きでないのは続編ヒロインの存在がチラつくせいであって、本音はホルス様とイチャつきたいのよ。

 抱き枕じゃない本物のホルス様に腕枕してもらいたいのよ!!

 でも、それを言うタイミング、完全に逃してしまったわ。


(まぁでも、好きな人からの猛アタックは、悪い気はしないわね。)


 なら、しばらくはこのままホルス様を振り回しましょう。

 だって、私は悪役令嬢なんですから。


 ――完

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