第54話 全てを失って(※sideエルシー)

(失敗した……!どうしよう、どうしよう……。まさか……、よりにもよってトラヴィス殿下に見られてしまうなんて……っ)


 マーゴット嬢があっという間に連れてきた教師たちに捕らえられた私とウィンズレット侯爵令息は、その後すぐさま駆けつけた騎士団の連中に連行された。……ちょっと、大袈裟すぎない?学園内でのただの揉め事よ?しかも特に何事もなく未遂に終わったというのに……なんでこんな犯罪者みたいな扱いを受けなきゃいけないわけ?!


 このままじゃマズいわ。いくら私が王太子の婚約者とはいえ、あのウィンズレット家の馬鹿息子が余計なことを喋ったら私まで悪者扱いされてしまうかもしれない。もしもこのまま前科がついてアンドリュー様と婚約破棄なんてことになったら……、トラヴィス殿下を手に入れるどころか、もうまともな結婚相手は見つからないわよ……。そしたらうちは、グリーヴ男爵家はどうなるの……?私の将来は?!


 私は連れて行かれた取調室のようなところで、役人たち相手に涙ながらに訴えた。


「ま、まさかこんな恐ろしいことが起こってしまうなんて……。私は義兄のウィンズレット侯爵令息にしつこく懇願され、彼とヘイディ公爵令嬢が話せるよう仕方なくご令嬢を呼び出したのです……。もちろん、二人きりにしてしまって何かあってはいけないと、私もその場に留まりましたわ。ですが、自分が想いの丈を打ち明けても色よい返事をなさらないヘイディ公爵令嬢に対して、義兄は突然逆上し、無体を働こうとして……。驚いて止めに入ったのですが、義兄は私の制止の声など全く耳に入っておりませんでした。私は慌てて助けを呼びに行こうとしましたわ。するとそのタイミングで、突然トラヴィス殿下が部屋の中に飛び込んでこられたのです。心底ホッとしましたわ……。義兄の口車に乗せられ、愚かなことをしてしまったと深く反省しております……。……もういいかしら?アンドリュー様を呼んでくださった?まだお迎えには来ないの?」


 よし。私の潔白はこれでだいたい証明できたでしょう。メレディア・ヘイディやウィンズレット侯爵令息が私を悪者扱いしてきたとしても、アンドリュー様の威光で庇ってもらうわ。立場が強い者って大抵の悪事はもみ消してもらえるものよね。

 そう思った私は役人たちにアンドリュー様の所在を確認する。けれど誰も皆白けきった目つきで私を小馬鹿にするように見ているだけだった。


「……聞こえてますの?王太子殿下の婚約者であるこの私が話しかけているのよ。きちんと返事をなさい。ちょっとした揉め事の中で何やら誤解が生じてしまったようだけれど、あなたたちの態度はあまりにも失礼だわ。アンドリュー様に全部言いつけるわよ」


 威厳たっぷりに見えるように、私は椅子にふんぞり返って腕を組み、役人たちをめつけた。ところがその中で一番年配の偉そうな役人が、私の前に立ち尊大な態度でこちらを見下ろしながらこう言ったのだ。


「どうやら自分の立場が全く分かっていないようだな。貴女は我がセレゼラント王国筆頭公爵家のご令嬢に対して、取り返しのつかない非道な行いをしようとした。相応の処罰が下ることになる。大人しくここで沙汰を待て。王太子殿下は貴女を迎えになど来ない。じきに婚約は解消されるだろう」

「……何ですって?そんなはずがないわ。アンドリュー様は私との婚約を解消したりしない。ただの誤解なんだから。いいから早く呼んでよ!あんたたちこそ処罰が下るわよ!」


 内心焦りながらも、私は身の潔白を主張する態度を崩さなかった。だけど待てど暮らせどアンドリュー様からの連絡もお迎えもない。粗末な部屋の中にたった一人で数日間放置された私の焦りがピークに達した頃、ついに一人の役人から私への処罰が宣告された。


「王太子殿下とお前との婚約は正式に解消された。また、ウィンズレット侯爵家とお前との養親子関係も解消とのことだ。お前が口を滑らせたというヘイディ公爵令嬢の証言から、グリーヴ男爵の企みも明らかにされ、グリーヴ男爵家には爵位剥奪の王命が下った。……以上だ。王家やヘイディ公爵家に対する慰謝料の支払いなどの細かい話は父親から聞くんだな」

「…………え……?」


 面倒くさそうに一遍に伝えられた沙汰に、一瞬頭が真っ白になった。次の瞬間、全身にドッと汗が浮かぶ。


「ち……ちょっと待ってよ!!だから、全部誤解なんだってば!!ア、アンドリュー様は……?!殿下と直接話をさせて!」


 助けてもらわなきゃ。このままじゃ何もかも失ってしまう……!せっかく王家に嫁ぐ立場にまで上り詰めたのに。そして上手いことアンドリュー様を王太子の座から蹴落として、私はそのうちトラヴィス殿下と……って、本気でそう夢見てたのに……!


 だけどアンドリュー様に会わせてほしいという私の願いは最後まで叶わなかった。役人たちは無情にも私を父のもとへ放り出し、そして私たちグリーヴ男爵家は全てを失った。






 

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