第53話 私の大切な人
「……はぁ。やっと壊せたぁ。気に入らなかったのよねぇ、これ」
さんざん踏みつけて気が済んだらしいエルシー嬢が、満面の笑みを浮かべてそう言い放った。もう完全に力が入らない。私は壊れた宝物を呆然と見つめながら、無意識に呟いた。
「……どう、して……」
「え?どうして?理由なんて決まってるでしょう?あんたがトラヴィス殿下に可愛がられて満足そうにしてるのが、本っ当に気に食わなかったからよ!!あの人はいずれ私のものになる人なの。アンドリュー様よりもトラヴィス殿下の方が、ずっとずっとカッコいい。頭もいいし、堂々としてるし、皆に好かれてる。いずれあの人が王太子になる頃、あの人の隣に立っているのはあんたじゃない。この私なのよ!……ほら、もういいわ。さっさとやっちゃって。頃合いを見て誰か呼んでくるから」
「何だよ。てめぇが勝手に喋りだしたんだろうが。……ったく」
憎々しげに私を睨みつけたエルシー嬢が、尊大な態度でジェセル様に指示を出す。どうしよう。もう気力が湧かない。ああ、お願い。誰かもう、私を殺して────
ジェセル様の手が私の制服のボタンにかかった、その時。
ドォン!!
「うおっ!!な、何だ……っ?!」
「ひゃあっ!!な、なにっ………」
(……っ?!)
凄まじい轟音が聞こえ、ジェセル様とエルシー嬢が飛び上がる。音は部屋の扉から聞こえてきた。ドォン、ドォン、と何度も同じ轟音が続く。
そして……、
「────メレディアから離れろ、このクズ野郎!!」
バァン!と蹴破られた扉の向こうから怒鳴り声が響いたかと思うと、私の上で振り返っていたジェセル様の体が突然吹っ飛んだ。
「メレディア!!無事か?!」
「……っ!ト……、」
トラヴィス、殿下……っ。
代わりに私の視界いっぱいに飛び込んできたのは、私の大切な人の顔だった。栗色の長い髪。黄金色の瞳。殿下だと認識した途端、また私の目から大粒の涙が溢れ出す。
「でん、か……」
「ああ、俺だよメレディア。無事でよかっ……、……っ?!」
殿下は私の頬を撫で、眉間に、皺を寄せる。
「何故頬が赤いんだ、メレディア。……まさか、この男が……?」
ジェセル様からぶたれた頬に気付いた殿下の形相が変わった。殿下は私からゆらりと離れると、遠くで尻もちをついていたジェセル様の方に向かってゆっくりと歩き出す。
「……貴様……、よくも俺のメレディアに……」
「ひ……!」
私に背を向けてジェセル様の方に歩み寄っていく殿下。その殿下の顔を見上げながら、口元を引きつらせ蒼白になるジェセル様。
次の瞬間、殿下はジェセル様の胸ぐらを掴むと一切の手加減なく彼の顔を殴りつけた。
ごふっ、という苦しげな声を上げ再び吹っ飛ばされるジェセル様。そんな二人の後ろを、エルシー嬢が慌てふためきながら外れた扉の方に向かって走っていく。
あ、逃げる気だわ。ソファーから起き上がれない私が彼女の姿を見つめながらそう思った時だった。
「どこへ行くつもりですの?!逃がしませんわよ、この卑怯者!!」
「っ?!きゃあ……っ!!」
今度はエルシー嬢の体が部屋の中に吹っ飛んでくる。何事かと視線だけを入り口に向けると……、
(……マ、マーゴット、さん……?)
どうやら逃げようとするエルシー嬢を、マーゴット嬢が思いきり突き飛ばしたらしい。尻もちをついたエルシー嬢がマーゴット嬢に向かって怒鳴り散らす。
「な、何をするのよ!!無礼な人ね!!私はただ……、ひ、人を呼びに行こうとしただけよ!ここで大変な騒ぎが起こっているから……っ」
「嘘つき!誰が信じるものですか!大変な騒ぎを起こしたのはあなたでしょう?!メレディア様にこのような卑劣な真似をするなんて……絶対に許しませんわよ!そこに大人しく座っていなさいっ!!……殿下、私は先生方を呼んで参りますわ!この方たちを逃さないでくださいませ!」
「あ、ああ。頼む」
普段の淑女然とした彼女とはまるで別人のような気合いの入ったマーゴット嬢は、エルシー嬢を怒鳴りつけ、トラヴィス殿下に指示を出し、そのまま疾風のごとく駆け出した。殿下も一瞬呆気にとられていた。
でもすぐに我に返るとジェセル様の首根っこをガシッと掴み、そのままへたり込んでいるエルシー嬢のもとへ投げつけた。相変わらず、すごい力だ。
「ぐあっ!」
「きゃあっ!い……、痛いじゃありませんか……っ」
トラヴィス殿下は情けない姿でもんどり打つ二人の前に仁王立ちになると、凍てつくような冷たい目で見下ろして言った。
「もう貴様らはどうあっても逃げおおせることはできない。覚悟して処分を受けるんだな。……俺のメレディアにこんな非道な真似をした罪は重い。許されると思うなよ」
「ひ……、」
真っ青になって顔を強張らせる二人をそのままに、トラヴィス殿下は私のもとへ近づくと、跪いて手を握ってくださった。
「遅くなってすまなかった、メレディア。怖い思いをさせてしまったな。もう大丈夫だ。……チッ。薬か何か使われたな。おそらくただの弛緩剤の類いだろうが……すぐに医者を呼ぼう」
「……殿下……、ブ……、ブレスレット、が……」
私の言葉を聞いた殿下は、私の手首を見た後、部屋の中に視線を巡らせる。そしてそこに無惨な形になって落ちているブレスレットに気がつくと、それを取りに行きそっと拾い上げた。その近くで座り込んだままの二人をギロリと
ブレスレットを持って私のそばに戻ってきてくださった殿下の顔を見ると、泣けてきて仕方がなかった。
「た、大切に……、してたのに……、私の、たからもの……」
殿下は私の体を起こすと腕の中にしっかりと抱きしめ、耳元で優しく囁いた。
「安心しろ、メレディア。ちゃんと修理させる。……前よりももっと丈夫で美しいものを作らせよう」
「……ふ……、でんか……っ」
大好きな人の腕にしっかりと抱かれ、緊張の糸がぷつりと切れた私の意識は、そこで途切れたのだった。
気が遠くなるその瞬間、額に温かいものが触れるのを感じた──────
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