第55話 伝わる想い

 学園内に侵入し、私に対して許されない行いを働こうとした罪により、ジェセル様はウィンズレット侯爵家から追放された。

 エルシー嬢もまた、王家から王太子殿下との婚約解消を言い渡され、違法薬物を入手し私を罠に嵌めようとした父親のグリーヴ男爵とともに一家で処罰を受けることとなった。グリーヴ男爵家は爵位を返上し、元々借金まみれだった彼らは、王家や我がヘイディ公爵家への慰謝料等の支払いなどのために全財産を失うこととなった。

 そしてアンドリュー様は国王陛下より命が下り、今回の事件の責任をとり廃嫡されることとなった。


「……元々、僕は王太子の器じゃなかったんだ。あんな女性に入れ揚げて、簡単に大切なものを見失ってしまった。……これまでたくさん、ごめん、メレディア。今回のことだって、結局僕はエルシーの愚行を止めることができなくて、君に大きな迷惑をかけてしまった……。僕は本当に、恥ずべき人間だよ。だけど、このままじゃいけないから……、これから僕にできることをゆっくりと考えていくよ」


 アンドリュー様はそう言って、私に面と向かって頭を下げたのだった。

 彼は王太子宮を出て、今後は国王陛下に命じられたどこぞの領地を運営する任に就くらしい。きっとこれから長い時間、孤独の中で悪戦苦闘するのだろうけれど、頑張ってほしい。アンドリュー様が一人の男性として、少しずつでも成長されることを願う。




  ◇ ◇ ◇




「肩の荷が下りただろうな、ウィンズレット侯爵夫妻も。ようやくあの小娘と縁を切ることができわけだ。馬鹿息子とも絶縁して、侯爵家自体は守られたわけだしな」


 私のお見舞いに来てくださったトラヴィス殿下は、フンと鼻を鳴らしながらそう言って笑った。


 お見舞いに来てもらうほどのものでもない。私がエルシー嬢からかけられた弛緩剤のような作用を及ぼす妙な薬は、それほど身体に悪影響を残すものではなかったらしく、あれから二週間が経った私の体はもう健康そのものだった。けれど心配する両親は学園をずっと休ませ静養させるし、その間トラヴィス殿下は毎日毎日大きな花束や可愛らしいケーキを携えては私の部屋を訪れてくれていた。


「君の友人のマーゴット嬢たちも心配していた。早く君の顔が見たいと言っていたよ」

「……そういえば、あの時マーゴット嬢が殿下と一緒にいらっしゃったのは……?」

「ああ。先生に用事があって放課後学園に少し顔を出したら、委員会の集まりが終わった彼女と会ったんだ。どうやら万が一にも俺と会えないかとギリギリまで待ってくれていたらしい。嫌な予感がするから、君からの伝言を伝えなくてはと思ったんだと。勘が良い子だ」

「そうだったのですね……。感謝しなくては。……あの時の彼女、すごく頼もしかったわ」

「ああ。あの小娘に向かって、大人しく座っていなさい!とか怒鳴りつけてそのまま走っていったな」

「ええ」


 思い出すとなんだか可笑しくて、二人してクスクスと笑う。


「……よかった」

「……え?何がですの?」

「君が笑ったから。笑顔が見られると嬉しいし、安心する。俺は毎日君の笑顔を見るためにここに来ているようなものだ」

「……殿下……っ」


 急に優しい瞳で私を見つめると、トラヴィス殿下は静かな口調でそう言った。愛情のこもったその眼差しに照れてしまい、慌てて俯く。……やだ……、顔が熱くなってきちゃった。恥ずかしい……。

 そんな私とは正反対に落ち着き払った殿下は、まるで私の表情をよく見ようとでもするかのように、この長い髪を耳にそっとかけながら問いかけてくる。


「もう明日からは出てこられるのか?」

「え、ええ。ダンスパーティーもいよいよ来週ですし、準備の最終チェックもしないと……」

「そんなのは生徒会の他のメンバーたちがやってるだろう。もう王太子じゃなくなって暇になったあいつもいるんだしな。こき使ってやればいい」

「そ、そんな……」


 別にアンドリュー様もそんなに暇ではないと思う……。むしろ慣れない領地経営という新たな任務のことで頭がいっぱいいっぱいなんじゃ。


「まぁでも君が登校するなら俺も安心だ。……ところで、そのダンスパーティーなんだが、君は何色のドレスを着るんだ?」


 ん?ドレス?


 急にドレスの色なんかの話になって、私はちょっと面食らった。


「私は、濃い水色のドレスにする予定ですわ。……いつも似たような色味になってしまって、芸がないですけど。好きだからつい着たくなるんですの」


 そう答えると、殿下は耳に髪をかけてくれたその手でそのまま私の髪を弄びながら微笑んだ。


「そうか。ならよかった」


(よかった……?)


 何が「よかった」なのだろう。

 怪訝に思っていると、殿下が言う。


「いいじゃないか。君には空や海の色がよく似合う。俺は好きだよ」

「……っ、」


 サラリとそんなことを言って、私を見つめる殿下。


 お互い、はっきりと気持ちを口にしたことはない。……と、思う。でも今にして思えば、あの時の殿下のあの言葉は、もしかしてもう深い意味が込められていたのかな……、なんて、改めて考えると思い当たるふしもある。

 そして私の殿下への想いも、きっともう殿下には充分届いている。

 明確な言葉にはしなくても、互いに伝わっている。甘酸っぱくてもどかしい、この距離感が心地良い。


(……だけど、どうなるんだろう、これから……)


 王太子の座は空席となった。きっとこのままいけばトラヴィス殿下がその座に就くことになるだろう。そうなれば、殿下の婚約も急がれるだろうし……。

 私は、どうなるんだろう。


「楽しみだな。俺と踊ってくれるか?メレディア」

「……も、もちろんですわ」

「俺とだけ、踊ってくれ」

「……。……はい……」


 こんな言葉一つで、胸がいっぱいになって視界が揺れる。


 殿下の優しい指先が、私の頬を撫でた。




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