第44話 アンドリュー様の謝罪

「……いかがなさいましたか?」


 私はアンドリュー様に指示された通り、差し向かいの椅子に腰かけた。するとアンドリュー様は一度俯き、少ししてから顔を上げ、私の目を見る。そして噛みしめるようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「……ヘイディ公爵令嬢、……今まで、本当にすまなかった」

「……。え……」

「こんな風に謝って、今さら許されるとは思っていない。謝って済む問題じゃないことも、よく分かっている。しかも謝罪をするにしては、あまりにも遅すぎるよね。……僕は目の前の恋にうつつを抜かして、君のことを裏切った。幼い頃から僕のために、王家のために、……そしてこの国の未来のためにひたすら努力を重ねてきた君の誠意を踏みにじったんだ。……本当にごめん」

「……。」


 驚いた。あのアンドリュー様が。いつも逃げ回るように私を避け、目を逸らしていたあのアンドリュー様が。

 今、私の目を見つめながら、淀みない口調で私に詫びている。


(……この人、本当にアンドリュー様……?まさか、替え玉じゃないわよね?)


 思わずそんな考えが頭をよぎる。

 アンドリュー様は返事をしない私に向かって語り続ける。


「少し考えればちゃんと分かることなのに。君のような誇り高く優しい女性がエルシーを陰で虐めるなんて、そんな卑怯な真似をするはずがないと。トラヴィスにも何度も言われた。エルシーだけは止めておけ、と。……だけど、自分に自信のない僕は、か弱い雰囲気で僕を頼ってきてくれたエルシーを見て喜びを感じてしまったんだ。こんな僕を信じてくれる人がいるのかと。立派な婚約者と、僕よりはるかに出来の良い弟。常に大きなコンプレックスを抱えて、だけど僕が一番しっかりしなきゃいけないんだというプレッシャーに押しつぶされそうになっていて、……そんな時に、この僕のことを誰より素敵だと、私は頼もしいと思っていると、そんな風に励ましてくれたエルシーに簡単に心が揺らいでしまった。……本当に情けないよね」

「……。」

「君だって、いつも僕の心に寄り添ってくれていたのに。……だけど僕よりずっと優れていて、社交界の者たちからも両陛下からも僕よりはるかに信頼されている君に励まされるより、か弱くて身分の低いエルシーに励まされる方が自尊心を保つことができたんだ。……僕の心が弱いからだよ。言い訳にもならないね」


 ……なんて情けなくて、浅はかな人。

 だけどこうして彼の口から本心を語られると、彼の気持ちも理解できる。私だってこの人の立場だったら、きっと毎日心身ともに疲弊しきっていただろう。それでも私なら、自分に鞭打ってひたすら努力を重ねただろうけど。歯を食いしばって、毎日一人で悔し涙を流しながらでも。


「君を王家から失うという大失態を犯した僕を、父も母も許していない。エルシーは……、死にもの狂いで努力する、なんて言ってくれていたけど、結局口だけで、少しも本気を見せてはくれない。きっと僕は近いうちに、両陛下から見限られると思うよ。……だけど、このままじゃ本当に出来損ないの駄目な男で終わってしまうから……。せめて今からでも、僕は足掻あがくよ。やれることは、全部やる。もう逃げないよ。それが君への裏切りや、負わせてしまった大きな傷への贖罪になるとは、思っていないけれどね」


 そう言うとアンドリュー様は泣きそうな顔で少し微笑み、また俯いてしまった。


 私の人生はこの人のせいで大きく変えられてしまった。だから、もう結構です。許します。なんて言うつもりはないけれど。


(……よかった。アンドリュー様なりに、ちゃんと成長してらっしゃる)


 私は音を立てずに椅子から立ち上がる。アンドリュー様は弾かれたように私を見上げた。


「……お気持ちが聞けて、ようございました。どうかお体にだけは気を付けて、頑張ってくださいませ。私は私で、新しい道を見つけますわ。……ご心配なく。この私ですもの。きっと素晴らしい人生が待っていますわ」


 そう言って微笑むと、アンドリュー様は瞳を潤ませながらヘラッと笑った。その顔はやっぱり頼りなくて、少し心配になってしまうけれど。


(もう私が手を貸すのは、これで終わり)


 頑張ってください、アンドリュー様。

 私は彼に挨拶をすると、今度こそ生徒会室を後にした。




 廊下に出ると、もう生徒の数もまばらになっていた。多くの生徒はもう下校したのだろう。


(私も早く帰ろう)


 そう思い校舎の外へ出るために歩いていると、向かいからエルシー嬢がこちらの方に歩いてくる。


(……げ)


 顔には出さずとも内心げんなりする。まぁ向こうが無視して通り過ぎたらそれでいいや。そう思っていた。ところが、彼女はすれ違いざまに立ち止まると、私に向かって丁寧に挨拶をした。


「ごきげんよう、メレディア様」

「っ!……ごきげんよう、ウィンズレット侯爵令嬢」


 一瞬ビックリして動揺してしまったけれど、慌ててポーカーフェイスに戻し、静かに返事をする。

 すると彼女はとても控えめに、そして嬉しそうに微笑むと、そのままススス……、としおらしく立ち去ったのだった。


(……ん?…………んんっ??)


 え?何?今の。

 どういう風の吹き回し……?


 何事もなかったように歩きながらも、私は納得できずに首を傾げた。


(……もしかしたら、変わろうとしているアンドリュー様の姿を見て、彼女も心を入れ替えつつある、のかもしれない。……もしかしたら)


 そんなことを考えながらも、私は言いようのない奇妙な不気味さを感じたのだった。







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