第45話 二人の変化

 あの日以来、エルシー嬢の態度が一変した。


 学園ですれ違えば必ずにこやかに挨拶をしてくる。初めて彼女に声をかけられた時は「アンドリュー様の姿を見て心を入れ替えたのかな」なんていいように捉えようとしていたけど……。


(なんか、やっぱりおかしい。これまでの彼女と態度が露骨に違いすぎる……)


 会うたびに「ごきげんよう、メレディア様」と声をかけてきていたエルシー嬢は、最近では「あ、メレディア様!おはようございます。今日はとてもいいお天気ですわね」とか、「メレディア様、そのヘアスタイルとても素敵ですわ。いつもお似合いです」とか、徐々に打ち解けた挨拶をしてくるようになってきていた。


(いや、正直気持ち悪いんですけど……。一体何を考えているの?今までの私に対する失礼な自分の態度、全部忘れてしまったのかしら)


 私も馬鹿じゃない。スマートに挨拶を返しながらも、心の中では彼女に対する警戒心が増すばかりだった。




 そんな中、生徒会では年度末のダンスパーティーの打ち合わせが始まっていた。この学園では毎年、年度の終わりに学園内のボールルームでダンスパーティーが開催される。思う存分着飾ることが許されており、生徒たちが最も楽しみにしているイベントの一つだ。

 最近生徒会の集まりにも真面目に出席しているアンドリュー様も、この場にいた。なんだか顔色が少し悪い。きっと根を詰めて無理なさっているのだろう。


「では、当日までの残り一ヶ月、皆で準備を頑張ろう」


 アンドリュー様の側近でもある副会長の締めの言葉で、皆それぞれ挨拶をして立ち上がり、帰宅の準備を始めた。


「殿下、俺は教員室にこの資料を持っていってきますので、少しお待ちください」

「ああ、頼むよ」


 副会長がそう言ってアンドリュー様のそばを離れた。他の先輩方も次々にアンドリュー様に挨拶をしながら部屋を出ていく。私も彼らに挨拶をしながら、わざとゆっくりと帰り支度をした。

 首尾よくアンドリュー様と二人きりになったので、ちょっと探りを入れてみることにした。


「お疲れ様でした、アンドリュー様」

「ああ。ありがとうメレ……、ヘイディ公爵令嬢。君もお疲れ様」


 いまだに癖が抜けないのか、私のことをメレディアと親しく呼ぼうとしては慌ててヘイディ公爵令嬢と言い直す殿下。そんな彼に、私は気遣うように言った。


「ご公務も勉強もおありでしょうし、生徒会の集まりにまで毎回出るのは大変なのではないですか?どうぞあまりご無理なさいませんよう」

「あ、ありがとう。いや……、僕は今までが甘えすぎていたから。君がいないと何もできない、辛い時に君に守ってもらってばかりいた僕のままじゃ駄目なんだ。今が頑張り時だと思っているから。僕が率先して最大限の努力を見せないと、エルシーがやる気を出してくれるはずがないからね」


 ……来た。その名前。


「……さようでございますか。ですがエルシー嬢も、近頃は随分とご様子が変わられて。きっと王太子宮で様々な教育に前向きに励んでいらっしゃる結果なのだと感心しておりますわ。まだまだ立ち居振る舞いは拙いながらも、私にもいつもにこやかにご挨拶をくださいますわよ」

「…………エルシーが、君に……?」


 私の言葉を聞いたアンドリュー様は、帰り支度をしていた手をピタリと止めた。


「ええ。最初は失礼ながら、どういった風の吹き回しかと驚きましたが、今では私の姿を見かけるたびに歩み寄ってきて話しかけてくださいます。今朝も、「今日私の友人たちとランチをご一緒に行かがですか?」って。ですがこちらも最近は決まった友人たちとランチタイムを過ごしておりますので、また機会があれば……と丁重にお断りしてしまいましたが」


 食い入るようにこちらを見つめながら私の話を聞いていたアンドリュー様の顔が、徐々に強張ってきた。


「……メレディア、彼女に気を許すのは止めてくれ」

「……アンドリュー様……。彼女の態度に、違和感があると……?」

「うん。正直、おかしいと思う。エルシーは王太子宮内ではこれまでと何も変わらない。いや、むしろ傲慢で乱暴な態度や物言いは以前よりずっとひどくなってきている。前向きに教育に取り組むどころか、最近では僕と衝突してばかりなんだ。君に対して敬意を払うようなそぶりも見せていない。……何か企んでいるかもしれない。充分注意しておくれ。僕からも妙なことは考えないよう、強く釘を差しておくから」

「アンドリュー様……。ありがとうございます。ご忠告、しっかりと心に留めておきますわ」


 なんだかこの短い期間に、随分と頼もしくなってこられたものだ。もちろん、人間そう簡単には変われない。アンドリュー様もまだまだ自己研鑚が必要なお方だけど、今目の前で私にきっぱりと忠告してくださったアンドリュー様は、以前よりずっと立派に見えた。


 そんな彼に、私は少し感心しながら帰りの挨拶をして、生徒会室を出たのだった。




 

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