第37話 諦めきれない(※sideエルシー)

「わ、私のことを何もご存知ないくせに……!そんなに冷たくする理由は何ですの?まさか、私が男爵家の娘だからですか?!この学園は身分の隔たりなく、学生皆が平等に過ごす場のはずです!誰よりも身分の高い方がそんなことではいけないのではないですか?!それって差別ですわ!!」

「違う。そんな理由じゃない。むしろ身分が気になってしかたないのは君の方だろう」


 …………え?


 さっきより一層軽蔑の色を濃くした殿下の眼差しは、氷のように一切の温かみを感じない。殿下は淡々とした口調で語りはじめた。


「こう見えて俺はわりと周囲の人間の行動を見ている方だ。グリーヴ男爵令嬢、君はいつもいろいろな男子生徒と仲良くしているようだが、言い寄ってくる相手が自分の家と同格の男爵家や、少し上の子爵家の子息の場合はひどく冷たく対応しているだろう。話しかけられてもニコリともせず、露骨に不機嫌な顔をして。それでいて侯爵家の息子などが話しかけて来るとまるっきり別人のような媚びた笑いを浮かべている。そのしたたかな二面性が、おぞましくてならない」

「…………っ、」


 い、いつの間にそんなの見られてたのかしら……。

 私が言い訳をする前に、殿下は言葉を重ねる。


「大方俺のこの、第二王子という身分が気に入っただけなのだろう。だが、生憎だったな。どこまでが狙いかは知らないが、我がセレゼラント王国の法律では、王家に嫁ぐことができる令嬢は侯爵家以上の家柄の人間に限られている」

「…………っ!」

「この学園の“身分の隔たりなく平等に接する”というのは、共に学ぶ立場にある者として、皆が対等であるという意味だ。下位貴族の人間が高位貴族の人間を節操なく誑かしていいという意味じゃない」

「たっ!誑かすだなんて……!わ、私そんなつもりじゃ!」

「それと、一応教えておくが、いつも君が選んで侍らせている高位貴族の男たち、彼らは皆れっきとした婚約者がいるぞ。大抵は同格の家柄のな。君のことは、この学園に在籍している間の程度に考えているはずだ。自分のことは大事にした方がいい。調子に乗っていると、痛い目を見ることになるぞ」


 大好きな人から容赦のない言葉を次々と浴びせられ、恥ずかしさと悔しさで涙がポロポロと零れた。これは演技じゃない。殿下の言っていることがまた全て図星なものだから、余計に腹が立ってしかたない。

 言われっぱなしでたまるか。そんな気持ちと、この期に及んでまだどうにか殿下の気を引きたいという思いが混濁し、私は声を荒げた。


「あ、あまりにひどい仰りようですわ……!殿下の勘違いです!か、勝手に決めつけないで……!結局あなた様は私を色眼鏡で見てらっしゃるんでしょう?!そんなに頑なにならず、心を開いてゆっくり話せば、私のことを好きになるかもしれないのに……っ!」


 すると殿下はさらに辛辣な言葉で、私にとどめを刺した。


「絶対にならない。俺には子どもの頃から想いを寄せている女性がいる。俺がこの恋心を捧げるのはその人だけだ。……ちなみにその人は、知的で思慮深く、慈愛に満ちた女性だ。そして常に自分自身を高めるための努力を怠らない。……学ぶことなど二の次にして、家柄に寄生するために男を侍らせている君とは真逆だな」

「…………っ!!な……」


 それだけ言い放つと、殿下は踵を返して行ってしまった。


「…………くっ…………!!」


 悔しくてたまらなくて、胸が痛くて。

 私は殿下の後ろ姿をいつまでも恨めしく見送った。




 高位貴族の子息たちは、私のことを皆学園に在籍している間の遊び相手と思っている。

 王家に嫁ぐことができるのは、侯爵家以上の家柄の令嬢だけ。

 そうは言われても、諦めきれなかった。というか、諦めることなんて絶対できない。上流階級との結婚を諦めてしまえば、両親が借金してまで私をここに入学させた意味がなくなるわ。


(なんとかしなきゃ……。誰か、私に本気で恋い焦がれて、私との結婚を心から望んでくれる高位貴族の男を捕まえなきゃ……)


 もう貧乏暮らしはうんざり。学園に在籍している令嬢たちは、皆素敵なアクセサリーを身につけ上質な鞄を持ち歩き、綺麗な靴を履いている。私だって似たような格好をしているけど、これも全部借金したお金で無理して買っただけ。きっとこんな思いをしているのは私だけだわ。なんで生まれてきた家によってこんなに差が出るのよ。不公平だわ。


 いつものようにそんなことを考えながら、同じクラスの女の子たちと食堂でランチをしていた時。一人の友人が声を上げた。


「あ、王太子殿下だわ」

「……あら、本当。いつものご友人方とご一緒ね」


 その声につられて、私も皆が視線を向けている方を振り返る。そこにはたしかにこの国の王太子殿下、アンドリュー様がいらっしゃった。


「……王太子殿下って、いつもあの三人と一緒にいるわよね」

「本当。お取り巻きね。やっぱり皆さん高位貴族の方たちなのよね?」


 友人たちの噂話が始まる。


「そうよ。二人は公爵家の人で、たしかあのもう一人の人も侯爵家の嫡男とか」

「ふーん。……ね、こう言っては何だけど、アンドリュー王太子殿下とトラヴィス第二王子殿下って、全然違うわよね。本当に同じ王妃陛下から生まれたのかしら。ふふっ」


 面白そうに声を潜めて話す友人の言葉に、思わずドキッとする。トラヴィス第二王子殿下。その名前が出ただけでこんなにも動揺してしまう。

 ああ、やっぱり私って、まだあの人のことが大好きなんだわ……。





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