第36話 私の王子様(※sideエルシー)

 入学式の時に一目惚れしてから、ずっと大好きだったトラヴィス殿下。このセレゼラント王国の二番目の王子様。まるで絵画の中から飛び出してきた芸術作品のよう。見た瞬間に、心臓を天使の矢に射抜かれた。

 背が高くて足が長くて、深い栗色の髪を無造作に束ねているのさえすごく素敵で。いつも高位貴族のご子息やご令嬢たちに囲まれていた。

 この王立学園が身分の隔たりなく学生を受け入れてくれる学校でよかった。王家の方々と同じ学園に通えてよかった。トラヴィス殿下と同じ年に生まれてきてよかった。両親が借金までして私をこの学園に通わせてくれて、本当によかった……!


「いいかエルシー。お前の武器はその美貌だ。可憐で華奢なその容姿は、必ず男たちを虜にする。……分かっておるな?高位貴族の息子たちが大勢通う学費の高い学園に、お前を入学させた意味を。必ず、良い家柄の子息を夢中にさせ、婚約まで持っていくのだ」

「あなたに全てがかかっているのよ、エルシー」


 入学が決まって以来、両親は何度も何度も私にこう言った。


 うちは家計の逼迫した、しがない男爵家。きっとうちより羽振りの良い平民たちは大勢いるだろう。それくらいうちは貧乏だった。先代男爵であるお祖父様の代までに細々と蓄えてきた資産を、父が事業に失敗したことで全て失ってしまったから。

 一度上手くいかなくなると、坂道を転げ落ちるようにどんどん状況は悪くなっていった。父は可愛らしく育った私を、できるだけ良い家柄に嫁がせることで一発形勢を逆転させたいと考えた。

 貴族とは名ばかりのしがない男爵家である我が家には、伯爵家や侯爵家の女性たちからの茶会の誘いなんか来ない。そもそもそんな上流階級の人たちと知り合う機会がない。だから父は高位貴族の子女たちと知り合える唯一の機会である王立学園への私の入学に、望みをかけていた。


 目論見どおり、入学以来たくさんのご令息たちが私に声をかけてきた。その中から結婚まで行き着くことができそうな最も家柄の良い相手を厳選することが、私の使命だったはず、なのだけど……。


(あの人がいい。トラヴィス殿下……。私、あの人と結婚したい)


 トラヴィス殿下に夢中になった私は、大勢の男の子たちから言い寄られていた自信もあり、積極的に彼にアプローチした。大丈夫。男爵家の娘でしかない私だけど、この魅力をもってすればきっと王子様だって落とせるわ。むしろ、すごく素敵じゃない?身分の差を越えた真実の愛、なんて。誰もが感動すると思うわ。


 すっかり取り巻きのようになった伯爵家や侯爵家の男の子たちを適当にあしらい侍らせつつ、私はトラヴィス殿下にどんどん声をかけた。


「殿下、おはようございます。今日も素敵……」

「殿下、もしよかったら今日、ランチをご一緒していただけませんか?せっかく身分の格差なく平等に過ごせる学園に入ったのですもの、お互いのことをもっと知り合えば有意義な一時が過ごせるはずですわ」

「あの……殿下、相談に乗っていただけませんこと……?あるご令息からとてもしつこく言い寄られていますの……。私怖くって……」

「殿下!少しでいいのです、二人きりでお話するお時間をいただけませんこと?」

「殿下ったら!ねぇ、今日だけで構いませんわ。二人きりでランチをしてくださいませ。お願いですから、私のことをもっとよくご覧になって……?」


 毎日必死で声をかけているのに、トラヴィス殿下はなぜだか私に冷たかった。いつも一緒にいる友人方にはもっと愛想を振りまいているくせに。


 ある日トラヴィス殿下が一人で歩いているところを見かけた私は、一目散に駆け寄りいつものように懇願した。二人きりで話がしたいと。

 するといつもはこちらに見向きもしない殿下が、ついにピタリと足を止めてくださった。


(や……、やったわ!!)


 ついに根負けしたのね。何をそんなに意地張っていたのか知らないけれど、ようやく折れる気になったんだわ。

 ドキドキしながら、こちらをゆっくりと振り向き見下ろしてくる殿下の綺麗な瞳を見上げて言葉を待つ。彼は冷めきった目でフン、と鼻で笑った。やだ……、そんな意地悪な表情さえ素敵……。


「君、エルシー・グリーヴ男爵令嬢……、だったね?」

「は、はい!そうでございますわ殿下」

「毎日毎日ご苦労なことだ。俺がこんなにはっきりと君への拒絶を態度に表しているというのに、一向に気が付かないようだな」

「……。え?」


 拒絶?この私を?まさか。


「……女性に向かってあまり失礼なことは言いたくないのだが、もういい。この際だからはっきりしておこう。グリーヴ男爵令嬢、俺は君と親しくするつもりは毛頭ない。しつこくつきまとってくるのはいい加減止めてもらおう」

「……な……、ど、どうしてですか殿下!随分冷たいことを仰いますのね!!ひどいわ!!」


 グサリと胸に突き刺さるようなその言葉に大きなショックを受けた私は、涙目になってトラヴィス殿下に抗議した。






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