第11話 初めてのカフェ
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらから奥へ……」
「ああ」
そのカフェに入るやいなや、オーナーとおぼしき男性が殿下のそばにやって来て声をかけた。どうやら来店することを分かっていたらしい。不思議に思いつつ、店内に目を向けると、
(…………あ)
心臓がドキリと音を立てる。遠くの窓際のテーブルに、見覚えのある女子生徒たちが5、6人ほど集って楽しげに話しているのが見えた。ど、どうしよう……やっぱり学園の生徒たちがいたわ。
「おいで、メレディア嬢」
「っ!」
トラヴィス殿下はそう言うと、その女子生徒たちから隠すように私を奥側へやり、肩に手を回してきた。突然の行動にびっくりしたけれど、抵抗することなくされるがままについていく。そのまま螺旋階段を上がり、2階の個室へ案内された。
「……ここって……」
「人目があると気になるだろう。存分に楽しめるよう、先に人をやってここの店の部屋を確保しておいた。個室まであるカフェはなかなかないからな」
「……そうだったのですね」
ようやく合点がいった。だから殿下はこのお店を選んだのだし、ここのオーナーは来店を分かっていたのね。ありがたい心遣いだけれど、ますます申し訳なく感じる。たかが私の自由満喫のために、殿下の手を煩わせてしまった……。
「……何とお礼を申し上げたらよいか。このようなお心遣い……」
「そういうのはいい。さっさと座れ。楽しむために来たんだろう?」
丁寧に礼を述べようとした私を遮り、殿下が椅子まで引いてくださる。
「は、はい……。ありがとうございます」
何とも言えない微妙な緊張感と気まずさと抱えながら、私はおずおずと椅子に座った。
(か……っ、可愛い……っ!!)
「ほら、好きなものを選ぶといい。お望みの“甘いもの”が来たぞ」
ほどなくして店の人が種類豊富な可愛らしいケーキたちを大きなワゴンに乗せて運んできてくれた。目の前でズラリと実物を見せてくれる。色とりどりの美味しそうなケーキたちを前に、思わず喉がゴクリとなった。た、食べたい……!あのチョコのケーキも、こっちの苺が乗ったピンク色のクリームのも……。あ、あれは何かしら?黄色くて丸い……、栗?レモン?とにかく可愛いわ!素敵っ!
「ふ……っ、はははは」
「っ?!」
ふいにトラヴィス殿下が楽しそうに笑いはじめた。や、やだ私ったら……!夢中になってついケーキたちを凝視してしまってた……!
殿下の笑い声に我に返った私の頬が、燃えるように熱くなる。
「もっ、申し訳ございません……私ったら……はしたなくも……」
「何故謝る必要がある?今ほど楽しそうな君を見たことはない。喜んでくれて何よりだ。……あまりに可愛くて、つい笑ってしまった。こちらこそすまない」
か、……可愛い?ケーキじゃなくて、私が?
(すごいなぁ……。こんな言葉が自然と出るなんて。普段ご令嬢方に囲まれてるからかしら、さすがに手慣れてらっしゃるわね)
妙なことに感心していると、殿下が次々に注文しはじめた。目の前のテーブルには二人分の紅茶と、なんとケーキが5個も置かれ、私があ然としている間にお店の人はワゴンを押しながら部屋を出ていってしまった。
「……。」
「? どうした?さぁ、好きなものから食べたらいい」
「は、はぁ……」
「遠慮するな。俺の目が気になるのか?俺のことはその辺に転がっている野菜とでも思え」
……こんな神々しい野菜ありますかね。
と言い返したかったけれど、私は黙っておずおずと目の前の苺のケーキに手を伸ばし、小さく取って口に運んだ。
「……美味しい……」
ああ、幸せ……。
甘酸っぱいジューシーな果肉と、口の中に甘くふわりと広がる滑らかなクリームの味に天にも昇りそうな心地がした。
これまでも数え切れないほどの茶会に参加し、そのたびに目の前にはたくさんの素敵なお菓子が並べられてきた。だけど母からも教師たちからも口酸っぱく言われ続けていた。体型維持のために、できる限り口をつけないようにと。ほんの少しだけ口にしたら後は食べてはいけないと。だけど私は、本当は甘いものが大好きなのだ。物欲しげな目つきをしてしまわないように常に気を張っていたっけ。
これからはもう食べても咎められることもない。だって私はもう、王太子妃になることはないんだもの。国中の人から注目されることもない。羨望の眼差しを浴び、誰からも憧れられる完璧な淑女ぶりにこだわる必要もない。……いや、もちろん際限なくプクプク太っていってもいいってわけじゃないけど……。
(だけどケーキの2、3個食べたって許されるわよね!)
あまりの幸福感にもう殿下の視線なんかどうでもよくなってきた。せっかくこんなに可愛くて美味しいものたちが目の前に並んでるんだもの。ずっと我慢してたものたちが。満喫してやる。今日はもうお腹がはち切れるくらい食べてやるんだから!
私は一心不乱に苺のケーキを食べ、完食すると次はチョコのケーキを食べた。それもなくなると、今度は色とりどりの果物がぎっしり並んだタルトに手を伸ばす。
「……。」
お腹と心がだいぶ満たされてきたその辺りでふと我に返り、向かいに座っているトラヴィス殿下をちらりと見る。
殿下は頬杖をついて、この上なく優しい顔で私を見つめ微笑んでいた。
「……こんなに可愛い女性を手放すなんてな。あいつほど愚かな男もそうそういないだろう」
「……。」
そう呟いた殿下の言葉に、私は一度フォークを置くとゆっくりと紅茶を飲んだ。
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