第10話 二人で街へ

「い、いえいえ、結構ですわ殿下!そんな、た、ただの私の思いつきに、わざわざ殿下の貴重なお時間を頂戴するわけには……!」


 冗談じゃない。私は誰に気兼ねすることもなく!一人で!心ゆくまで自由を堪能しようと思っているところなのよ。なぜ王族と一緒に出かける緊迫感を味わわなければならないのか……むしろやっと王家との堅苦しい付き合いが切れかかっているところだというのに……。

 私はめいっぱい全力で殿下のお申し出を拒否した。お願いです、変な気を遣わないで殿下……!

 ところが私の内心の拒絶を一切察してくれないトラヴィス殿下はのんびりした口調で言う。


「気にするな。俺ももう早退してきたしな。……そうだ、街に出るならさすがに変装しないとな。このなりだとやはり目立つだろう」


 ええ、それはもう。学園の制服姿でも、殿下はいつもの圧倒的オーラをまとった稀に見る眉目秀麗っぷりでございます。正直王太子であるアンドリュー様よりもだいぶ目立つくらいだ。高身長に堂々たる雰囲気。整いすぎて色気溢れる顔面。一目見たら誰の脳裏にも焼き付いてしまう、このお姿。


「いつもの馬車でここまで来てしまっているしな。一旦戻って着替えてくる。夕方迎えに来るから、焦らず屋敷の中で待っていろ」

「そっ……!いっ、いえっ……、……あ……」


 殿下はそう言い放つと私が断り文句を思いつく前に、私の頭をポンポンして去っていってしまった。


「…………。……そ、」


 そんな…………。


 私の、気楽な一人お出かけタイムが……。


 走り去る王家の紋章入りの豪華な馬車を見送りながら、私は絶望感に飲まれたのだった。







 それから数刻後。本当にトラヴィス殿下が迎えにきた。


「待たせたな、メレディア嬢。……?どうした?やけに畏まった格好に着替えたな」

「は……、はぁ……」


 そりゃそうでしょ。一人でひっそりと出かけるつもりだったからあの地味なワンピースだったのよ。だけど第二王子と出かけるともなれば、あまり無礼な格好をするわけにはいかないもの。

 それよりも……


「で、殿下はまた……、随分と見慣れない出で立ちでいらっしゃいますわね。本当に別人のようです……」

「だろ?似合うか?」


 得意満面といった様子でニヤリと笑う殿下は、いつも爽やかにまとめている濃い栗色の髪を隠すように、真っ黒なかつらを被っている。制服姿か王宮でお目にかかる時のきっちりとした王族らしい格好しか見慣れていない私には、今の少しラフな殿下の姿がとても新鮮に映った。ベージュの上下には余計な装飾がほとんどなく、ちょっと身なりの良い商家の子息と言われれば信じるかもしれない。


「ええ。いつもと違う雰囲気の殿下も、とても素敵ですわ」


 私が当たり障りのないお世辞を言うと、トラヴィス殿下は一瞬ピタリと動きを止めた。


「……そうか。ありがとう。では、出かけるとするか」

「は、はい」


 こうしてついにトラヴィス殿下との二人きりでのお出かけが始まってしまったのだった。表には出さぬように気を付けながら、心の中で深いため息をつく。ああ、気が抜けない……。







「まぁ……。随分と賑やかなんですのね。もう夕方だというのに、こんなに人の波が……」


 畏れ多くも殿下にエスコートされ、王家のものとは分からない地味な装飾の馬車に揺られながら王都の中心地にある大通り前までやってくると、私たちは並んで歩きはじめた。


「ああ。この辺りはいつもこんな感じだ。学園帰りの生徒たちに遭遇する可能性もある。気を付けないとな」

「そっ、そうですわね」


 そうだ。この時間は放課後のカフェタイムを楽しむ学生たちがいるかもしれないんだ。……もしも私とトラヴィス殿下がこうして二人きりで過ごしているのを誰かに気付かれたら、一体どう思われることか。下手したらデートしていた、なんて噂が立つかもしれない……。私はまだいいとして、殿下にとってそれはかなり心外だろう。いや、私も困るけど。「ヘイディ公爵家の令嬢は、王太子殿下から婚約を解消されたばかりでもう第二王子を狙っている」とか、そういう口さがないことを言う人たちが出てくることは想像にかたくない。


(これだけ皆から慕われ憧れられているトラヴィス殿下にいまだに婚約者が決まっていないものだから、ますますその可能性が高まるわ……)


 学園でもトラヴィス殿下はいつもご令嬢方の話題の的だ。ひそかにファンクラブまであるらしい。誰がこの美しい王子様を射止めるか皆気になって仕方がないし、そして高位貴族の当主たちはぜひとも自分の娘をと、一様に目をギラつかせている。そんな状態がもう何年も続いているのだ。


「この通りには人気の店がいくつかあるが、今日はここがいいだろう。……おいで、メレディア嬢」

「は、はい」


 お店まで殿下に決められてしまった。ちょっとがっかりする。どうせなら私が自分で選んでみたかった……。






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