第120話 ニールの決意
(ドラゴニル様の妻になるだと?!)
ニールは講義が終わった後、一人で過ごしていた。
ブレアから聞かされたアリスの立場に、ショックが隠しきれない様子だった。
(アリスはそれに納得がいっているのか? だとしたら、あいつは何のためにこの学園に来ているというのだ?)
ニールの中で疑問が浮かんでくる。なんだかもやもやしてきたニールは、午後の講義に集中できなかった。そして、そのもやもやを解消すべく、講義が終わった後は訓練場へと向かったのだった。
―――
「アリス・フェイダン!」
訓練場にニールの声が響き渡る。
俺は当然いつものように来ていたので、突然名前を呼ばれて目をぱちぱちと瞬きさせている。一緒に居るブレアたちも何事かと、訓練場に入ってきたニールに視線を向けている。
その視線が集まる中、ずかずかとニールは俺に向かって歩いてくる。その最中、ブレアがニールの前に立ちはだかった。
「ニールさん。その様子ですと、朝にしたわたくしの話を気にされていますわね?」
ブレアがニールに話し掛けている。一体何の話なんだろうか。
「だとしたらどうしたというのだ」
ギロリとブレアを睨み付けるニール。だが、ブレアはまったく動じない。
「もしそれを本気で考えておりますなら、1年半の間に結果を出す事ですわ。アリスさんは3年間で卒業してしまいますもの」
「最短で卒業するというのか?」
ニールが聞き返してくるので、ブレアは黙って頷いていた。これを聞いて、ニールはばっと勢いよく俺の方を見てくる。その時の表情は、何か信じられないようなものを見たような感じだった。一体何を思ってそんな顔をしてるんだよ、こいつ……。
俺が驚いていると、ニールがずかずかと俺に近付いてくる。そして、どこからともなく木剣を取り出してきた。
「アリス・フェイダン。俺と勝負してくれ」
木剣を差し出してくるニールの表情は真剣だった。何か決意を秘めたような強い視線に、俺はどういうわけか惹き付けられてしまう。
「分かりました。勝負を引き受けましょう」
俺は木剣を受け取る。
「ブレア・クロウラー。勝負を見てもらっていいか?」
「構いませんわよ。その覚悟、しっかりと見届けてさし上げますわ」
ブレアは見届け人を了承していた。それにしても、覚悟って一体何の事なんだろうな。
とにかく分からない事が多いものの、勝負を引き受けたからには全力で受けてやろうじゃないか。
俺は木剣を構えた。
それと同時にニールも木剣を構える。
訓練場の中には凛とした空気が張り詰める。その空気に、訓練場の中に居た誰もが動きを止めて俺たちの方へと視線を向けていた。
「それでは、参りますわよ……」
静まり返った訓練場に、ブレアの声が響き渡る。
「始め!」
「はああっ!」
「たああっ!!」
俺たちの声と走る足音だけが響き渡る。
木剣がぶつかり合うと、相変わらずの異質な衝撃音が響き渡る。木剣なのに木剣じゃない、甲高い音だ。
しばらく木剣を押し合った後、俺たちは一気に弾いて距離を取る。そして、様子を見ながらじりじりと右方向へと移動していく。
俺もニールも、隙を窺っているのがよく分かる。
だが、今の俺たちに隙など簡単にできるわけがない。ひと呼吸置くために足を止める。
次の瞬間、同時に飛び込んでいく。
またすごい音を響かせながら、俺たちの剣がぶつかり合う。
まさに真剣勝負という、俺たちの気迫がその場を支配する。
俺たちの勝負を間近で見ているブレアの額からは、汗が流れ始めている。
「さすがはお父様の後継を勝手に名乗るだけの事はありますね。先日から比べて、ずいぶんと腕を上げましたね」
「中途半端な実力で名乗ろうものなら、ドラゴニル様の鉄槌を食らうからな。そのための努力を惜しむわけがないだろうが!」
ニールは気迫を込めて、俺の木剣を弾く。
「つっ……」
かなり強力だったのか、俺の手がわずかに痺れる。
その隙を突いて、ニールが更なる追撃を入れてくる。
「俺は、お前には勝つ! そして、ドラゴニル様にしっかりと認めてもらう!」
手が痺れたせいで俺の体勢が崩れている。覚悟を持ったニールがそれを見逃すわけがない。
だがな、俺はドラゴニルに認められて養女にされたんだ。この程度で終わってたまるかってんだよ。
次の瞬間、再び訓練場の中に大きな音が響き渡る。
もう何度目だろうか。やっぱり木剣が俺たちの力に耐えきれずに砕けたのだ。
しかし、真剣な俺たちは砕け散る木剣を気にする事なく、互いをじっと見つめ合っていた。
「やれやれ、木剣ではさすがにわたくしたちの力には耐え切れませんわね……」
ブレアは俺たちの姿を見ながら呟いている。
「どうやら、決着はお預けのようだな」
「ええ、そのようですね」
戦いを終えた俺たちは、がっちりと握手を交わしていた。
「いいか、俺はいつかお前を倒してやる。絶対に俺は諦めないからな」
ニールはそう言い残して訓練場を去っていった。
俺はその時の表情に首を傾げたのだが、実にすがすがしい気分でしばらくその場に立ち続けた。
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