第121話 連れ出されるニール

 訓練場から出ていったニール。その前にとある人物が立ちふさがった。


「ふん、ずいぶんとすっきりとした顔をしているな、ニール・ファフル」


「ええ。何か吹っ切れた気がしますよ」


 ニールは手を強く握って目の前の人物の言葉に反応する。


「ドラゴニル様。俺は必ずあなたを超えてみせる!」


 そう、目の前に居たのはドラゴニルだった。

 ドラゴニルは領地は家令であるドレイクに任せ、この日も王都に出てきていたのだ。本当にドラゴニルは暇なのか忙しいのかよく分からない。


「ふん、いい心意気だな」


 ドラゴニルは鼻で笑う。だが、次の瞬間だった。


「そうだな、少し付き合え!」


「えっ?!」


 ニールはドラゴニルの脇に抱えられ、学園から連れ出されてしまった。


「学園は卒業まで外出は禁止なんだぞ!?!?」


「細かい事は気にするな。我が特別に手ほどきをしてやろうというのだ。あんな狭い場所ではとても無理なのでな、こうして外に出てきたのだ」


「というか、これから夜だというのに、一体どこへ向かうというのですか!」


 ニールの口調が安定しない。そのくらいに混乱しているという事だった。


「ぬんっ!」


 気が付くとニールは空の上に居た。ドラゴニルがドラゴンの姿となり、空を飛んでいたのだ。


「これは……?」


 ニールは不思議な顔をしてきょろきょろとしている。ドラゴニルはちらりと視線を遣る。


「ふん、どうだ。これが我が一族の能力だ。ドラゴン化の力は、傍流たるお前たちも使える。昨年だかに暴れた末席のランドルフですら使える能力だ」


「俺も、こんな姿になれるというのか?」


「ドラゴンの力を無意識ながらにも扱っているお前なら、ちょっと意識すれば変身できるようになるだろう。そういう点においては、お前はブレア・クロウラーに後れを取っている事になるな」


「……なんですと?」


 ブレアに後れを取っていると聞かされて、表情が険しくなるニール。ドラゴニルの後継を狙うニールにしてみれば、すごく聞き捨てならない言葉だった。


「安心しろ。ブレアの奴は意識的にドラゴンの力が扱えるだけであって、ドラゴンに変身できるわけじゃない。だが、ドラゴンの力を意識的に引き出せるという事は、いずれは変身能力にも到達しうるというわけだ」


 ドラゴニルの言葉に、思わず沈黙するニール。


「扱えぬ者が変身すれば、ランドルフのように力に溺れて制御できなくなる。我々ドラゴンの血族は、王国の安心であらねばならん。それが我らの始祖たるドラゴンと王国との誓いなのだからな」


 ニールに伝えたドラゴニルが、急激に降下していく。そこはかつてのランドルフ領だった。現在はアリスが領主となっている土地である。


「ここなら我の側近しか居らぬ。我のこの姿も知っておるし、何より一度更地にしてやりたいのでな」


 ニールを降ろしたドラゴニルが、みるみる人間の姿に戻っていく


「ここに居た領民たちは我が領に全員引き取ってあるからな。気兼ねなく暴れられるぞ、ニール・ファフル」


 声を掛けられるニールだが、急な事だっただけにまだふらつきが見えていた。


「これはドラゴニル様。急にどうされたのですか?」


「なに、血族の坊主にちょっと手ほどきをしてやろうと思ってな。悪いが、王都にある学園に数日間ニール・ファフルを預かっていると伝えてくれ」


「畏まりました」


 様子を見に来た兵士は、ドラゴニルの伝言を預かるとすぐさま立ち去っていった。

 その姿を見送ったドラゴニルは、改めてニールへと向き直る。


「ずいぶんとアリスにご執心のようだが、あやつは渡さぬぞ。なにせ我の伴侶となる人物なのだからな!」


「くっ、ブレア・クロウラーが言っていたのは本当だったのか」


「ふん、あやつめ知っておったか。だが、それを知ったところでどうなるというのだ。アリスが欲しくば、この我を倒すしかないのだからな! 今のお前にそれができるか?」


「ぐっ……」


 ドラゴニルの圧力に、ニールは歯を食いしばってしまう。明らかな自分との実力差を見せつけられているのだから。

 涼しい顔をしているドラゴニルとは、実に対照的な光景だった。


「先程の戦いを見て、我はお前の気概が気に入った。だからこそ、我はこうやってお前をここに連れてきたのだ。思う存分に鍛えてやろうではないか」


(くそっ、これがフェイダン公爵家の力なのか)


 圧倒的なオーラを前に、ニールは立っているのが精一杯だった。


「さあ、我の後継を真に名乗るのであるならば、我の特訓に耐えてみせろ! 我を超えられたのであるなら、アリスはくれてやってもいいぞ?」


「本当なのか?」


 ニールの問い掛けに、ドラゴニルは不適に笑う。そして、自分の持っていた剣をニールに投げ渡す。


「我に二言はない! さあ、その剣を取って向かってくるがよい! まずは我に一撃でも入れてみせろ!」


「丸腰の相手はしたくないのだがな。ドラゴニル様がそう仰るのであれば、その胸、お借りします!」


 辺りは完全に陽が落ちて真っ暗になっている。魔法の明かりが照らし出す中、ドラゴニルとニールの真剣勝負が始まったのだった。

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