第118話 流れが変わった?
ドラゴニルが帰った翌日のこと、ニールが俺のところにやって来た。
「アリス・フェイダン」
フルネームで呼んでくる。
「何でしょうか、ニールさん」
表情は険しいものの、敵意はない様子。なので、俺は普通に対応している。
本当に以前の敵意丸出しの雰囲気はすっかりなくなっていた。何があったんだろうなというくらいに落ち着いているようだ。
「俺、ドラゴニル様に何か酷い事をしてしまったのだろうか」
「はい?」
どうやら昨日の事で話をしに来た模様。突然の事で俺は驚いて反応してしまっていた。
「だってそうだろう? 俺に対してあれだけ鋭い視線を向けてきたんだ。何か気に障る事をしてしまったのだろうかと、心配になって仕方ないんだ」
「あー……、あれですか……」
俺は困ったように目を泳がしている。
「あれはお父様の勝手な思い込みです。ニールさんが気にしなくてもいいですよ。お父様ったら私の事を大事にしていますからね」
ドラゴニルの行動に困った顔をしながら説明をする俺。だが、どうにもニールは納得をしていない感じだった。何がそんなに疑問なのだろうか。
それに、ニールの俺に対する態度もなんだかおかしい気がする。明らかにまごまごしているので、俺は不思議そうにニールの顔を見るしかなかった。
「そ、そうなのか……。だとしたら、俺はもっと強くならなければならないな」
何かをぶつぶつと呟いているニール。何を問題にしているのかは分からないが、向上心があるのはいい事だな。
「とにかくお前には負けん。俺は絶対にドラゴニル様の跡を継げる器になってやる!」
ニールはそうとだけ言い残し、俺の前から走り去っていった。
……一体何だったんだ?
「あら、アリスさん、どうされたんですの?」
そこへ丁度ブレアがやって来た。そのブレアに対して、俺はさっきのニールとのやり取りを説明する。すると、ブレアは驚きながらも呆れた表情を見せていた。
「まあ、ニールさんってばそんな事を仰ってましたのね。これはさらに厄介になってきましたわね……」
ブレアは顎に手を当てて何か難しい顔をしている。どうにも俺には理解できない状況があるらしい。
「あの、一体どういう状況なのでしょうか……?」
思わず俺はブレアに確認をする。すると、ブレアは考える仕草をしたまま顔だけを上げる。
「アリスさんはそんなに気にする事ではありませんわ。どうせ今の状況は変わらないと思いますので。それにしても、ニールさんはずいぶんと不可能な事に手を出す事にしましたのね……」
ブレアはぶつぶつと言いながらずっと考え込んでいる。うーん、俺にはまったく分からなかった。本当に何を言ってるんだろうな。
そこへセリスとソニアが合流してきたので、俺たちはとりあえず午後の座学へと向かった。
―――
ドラゴニルの一件から、初めての実技の合流講義。
そこで俺たちは意外な姿を見た。
「いいか。この動きにはこう返すんだ」
「はい!」
熱心に同級生を指導するニールの姿があった。
ドラゴニルに自分一人だけ強くあるなと言われたのが、かなり心に響いているようだ。それで、同級生たちの育成にも力を入れているようなのだ。
ふーん、本当は相当に素直な奴なんだな。驚きの表情とともに、感心するばかりである。
だったら負けてられないなとばかりに、俺もくるりと振り向いてピエルとマクスを呼びつける。
「さあ、私と打ち合いましょうか。いいところ、悪いところ、指導して差し上げますわ」
「はい!」
俺は声を掛けたピエルとマクスの二人を同時に相手をする。
この二人だって、一年間俺や他の学生たちの打ち合いを通じてかなり腕を上げている。だが、それでも俺との間には明らかな実力差があるのだ。
現にこの1対2の打ち合いですら、まったく話になっていない。俺が二人を圧倒してしまうのが現実なのである。
それでもこの二人はまったく諦める事なく、俺に対して打ち合いを申し込んでくる。俺から誘うという事もあるが、ほとんどはこの二人からの申し出で行われているのだ。
俺の方も1体多数の戦いの訓練になるからと快く引き受けている。
学園の中だと魔物との戦いっていうのがほぼ経験できないからな。多人数との打ち合いをしようとしても、大体はフリードとジーク、それと新しく加わった教師どもによって止められる。不満が溜まってくってもんだよ。
だけど、正直飽きるかと思ったピエルとマクスとの打ち合いも、二人が成長してくれるものだから今も楽しくやらせてもらっている。思わぬ攻撃も出てくるからな。どうやったら俺に攻撃を当てられるのか、真剣に考えているってのがよく分かる。
「ふふっ、いいですね。二人とも腕を上げているようで、私も誇らしい限りですよ!」
にこにことした笑顔を見せながら打ち合う俺の姿を見て、ニールがものすごい剣幕の視線を向けているなど、俺はまったく気が付いていなかった。
これがまた、後にトラブルを起こす原因になろうとは、この時の俺はまったく思ってもみなかったのだった。
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