第117話 嵐を巻き起こす男

 このブレアとニールによる一騎打ちからというもの、どこか学園の雰囲気が変わったように思われる。

 ニールが俺たちに絡んでくる事はなくなったし、自分たちのやる事に打ち込めるようになった気がする。

 ただ、俺とブレアとニールと、圧倒的に抜けた存在による戦いを見せつけられた事で、一部の学生はちょっと落ち込んでるような感じだった。俺たちが並外れているだけだから気にすんなと言いたいが、逆に傷付けそうで悩ましい限りだな。

 そんなある日のこと、またドラゴニルが学園に姿を見せていた。一体何しをに来たんだ、この脳筋公爵は。領主の仕事をしろよ。


「なんだ、ずいぶんと辛気臭いな。どうしたというんだ、アリスよ」


 なんで俺に話し掛けてくる。こそこそと逃げようとしたのに、話し掛けてくるんじゃねえ。


「ドラゴニル様!」


 俺が驚いて固まっていると、元気な男の声が聞こえてきた。


「おう、誰かと思えばニール・ファフルか。ずいぶんと大きくなったな。そうか、もう13か」


「はい、無事に騎士学園に入学できました。ドラゴニル様のように強い騎士になるために、精進致します!」


 ドラゴニルが声を掛ければ、元気よく返事をしていたのはニールだった。そういえば酔狂とも言えるくらいにドラゴニルに憧れてたな、こいつ。


「それは実に頼もしい事だな。だが、力の使い方はまだ未熟のようだ。我のようになるにはもっとしっかりと使いこなせねばならんぞ」


「はい!」


 ドラゴニルの言葉、ニールは実に嬉しそうに返事をしていた。本当に憧れているんだな。こんなににこにこしているニールは見た事ないぞ。


「しかしだ。騎士というのは一人強いのが居たからといって十分というわけではない。一人しか居ないという事は、一か所にしか対応ができないという事だ。自分だけが強くなるというだけでは騎士は務まらない、それを忘れるな」


「はい、しかと刻み付けておきます」


 おっと、ドラゴニルから意外な言葉が出てきたな。

 講義中だったので、俺はちらりとフリードとジークの方を見る。うん、露骨に嫌そうな顔をしているな。よっぽどドラゴニルにしごかれたと思われる。だから、俺やブレアでも敵わないんだな、改めて納得がいくぜ。


「おう、フリード、ジーク。たまには剣を交えてみるか?」


「予告も無しに来ておいて、いきなりなんて事を仰るんですか」


 ドラゴニルの気まぐれに、フリードが本気で抗議をしている。嫌な思い出しかないんだろうな。

 ジークはこっそりと逃げ出そうとしているが、あっさりドラゴニルに捕まってしまっていた。


「ひっ!」


「この我から逃れらえると思うなよ? なあ、ジーク」


 教師陣が全員びびりちらしている。これだけでドラゴニルの強さが学生たちにもよく伝わるというものだ。

 しかし、この空気ははっきり言っていただけない。ここは止めるべきだろうと、俺は腹を括った。


「お父様、いい加減にして下さい」


 俺は一歩前に出て、ドラゴニルを止めるべく声を掛ける。


「どうしたんだ、アリス」


「どうしたもこうしたもありません。一体何をしにいらしたんですか!」


 両手を腰に当てて不機嫌を表す俺。


「傍流の家の息子が入学したと聞いたのでな、様子を見に来たんだ。ファフル家はクロウラー家と仲が悪いし、なによりアリス、お前の心配をして来たんだぞ?」


「私の?!」


 急に心配しているとか言われて、俺は驚きで戸惑ってしまった。一体どういう事だ?!


「いや、ファフル家は我の後釜を狙っているらしいからな。ファフルのせがれにケンカを売られていないか気になっていたんだ」


「……もう売られた後です、お父様」


 ドラゴニルの言葉を聞いて、俺はものすごく大きなため息を吐いた。

 もうだいぶ前だよ、俺がニールにケンカを売られたのは……。

 それを聞いたドラゴニルは、ニールに視線を向けた。

 ドラゴニルの鬼のような形相に、ニールは思わず青ざめてしまう。さすがドラゴンの血を濃く受け継ぐドラゴニルに睨まれたら、傍流分家たるファフル家では太刀打ちができなかったのだ。


「とりあえずお父様。もう終わった事ですので、これ以上彼を威圧しないで下さいませ」


「アリスがそういうのなら仕方がないな」


 ドラゴニルは俺の言葉でニールを睨み付けるのをやめた。だが、


「もし次無礼を働くようであれば、ファフル家が無事であると思うなよ?」


「はっ……、申し訳ございませんでした」


 ドラゴニルに厳しく言われれば、ニールはただ頭を下げて受け入れるしかなかった。


「だ、大丈夫ですよ、ニールさん。授業での模擬戦であれば、いくらでも受けてさし上げますから、ね?」


 俺は令嬢らしく可愛らしく説得してみる。自分でやっといてなんだが、俺自身に寒気がして吐きそうだった。

 なんていうかな、男としての矜持を全部投げ捨てた気分だよ。とはいえ、この場を収めるためだ。我慢だ、我慢。

 すると、ニールはふいっと顔を背けていた。なんでそうなるんだよ。


「ふん、小賢しい小僧だ。どこまでも我に楯突く気か?」


(なんでそうなるんだよ!?)


 ドラゴニルの反応に慌ててしまう俺である。


「お、お父様、お、落ち着いて下さいってば。学園で暴れて破壊は絶対ダメですからね!」


 俺は必死にドラゴニルを静めようとする。本当に一体どうしたっていうんだ。

 結局、ドラゴニルが来ると混乱が生じるだけだとして、学園長が必死に頭を下げてまでドラゴニルに来ないようにお願いする始末だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る