第112話 嫌な奴

 その後の数日間、実に平和だったというのに、俺にもついに災いが降りかかってきた。


「そこのお前、ドラゴニル・フェイダン公爵の娘らしいな」


「はい、そうですが。何でしょうか」


 ニール・ファフルがついに俺に声を掛けてきたのだ。どこかでドラゴニルの娘が学園に居ると聞きつけてきたのだろう。思いきりに睨んでくるものだからたまったものじゃない。

 しかも、休み時間の人の多いところでだ。否が応でも目立ってしまって困る。1年の時の反動からか、できれば学園の授業に集中して一年を過ごしたかったのだが、どうしてこうもトラブルは襲い掛かってくるのだろうか。

 俺の隣にいるブレア、その反対にいるセリスとソニアもどう反応していいのか分からずに固まっている。俺自身もどう反応していいのか困っていると、ニールの奴は俺に向けて鋭い睨みを向けてきた。


「気に入らねえ……」


 ニールがぼそっと呟く。


「何か仰いましたか?」


 しっかりと呟きは聞こえたけれども、俺はあえて聞き返す。


「お前みたいな奴が、ドラゴニル様の跡継ぎだとか気に入らないと言っているんだ!」


 大声でニールが叫ぶと、周囲に対して突風が吹き荒れる。これがドラゴンの持つ力というものだろう。

 そして、突風が落ち着いたかと思えば、予想した通りの言葉が俺に投げかけられた。


「お前、俺と勝負しろ。どちらがドラゴニル様の後継者として相応しいか、力を見せてやる!」


 だから、どうしてそうなるのかと俺は首を傾げた。

 ドラゴニルの奴は俺の事を伴侶として一族に迎え入れているのだから、そういう発想になる事自体がよく分からなかった。


「アリスさん、対外的にはアリスさんはドラゴニル様のご息女という認識になっています。ですから、後継者と思われても仕方ないのですわ」


 ブレアが耳打ちで俺に教えてくれた。

 なるほど、そういうわけなんだな。納得のいく俺である。

 つまり、俺が伴侶目的で連れてこられた事を知らないから、跡取りだと勘違いしてケンカを売ってきてるってわけか。

 しかしだ、ここで売られたケンカを買ってもいいんだが、俺たちは騎士を目指す者だ。そんな勝負の安請け合いをするつもりはない。


「あら、そうですのね。ですが、私たちは騎士を目指して日々鍛錬を積む者。そのような私闘に興じる余裕なんてありません」


 俺は毅然とした態度でニールに言い返す。


「確かに、どちらが優秀か示すには直接戦うのが分かりやすい事でしょう。ですが、忘れてはなりませんよ。ここが学園であるという事を」


 ここまできっぱりと言い返した俺は、くるりと振り返ってブレアたちに声を掛ける。


「では、参りましょうか。午後の講義は座学でしたわね」


「はい、アリスさん」


 俺たちはニールを完全に無視して、そのまま午後の講義へと向かっていった。

 肩をすくめて怒りに震えるニールがその場に残されたのが、これが後々面倒を引き起こす事になるとは予想だにしていなかった。


 ニールを放っておいた俺たちは、午後の講義を済ませると、いつものように打ち合いをするべく訓練場へと向かった。騎士を目指すという目標がある以上、体を動かしていないとどうも気が済まないのだ。

 俺たち女性陣四人に加えて、いつもの通りにピエルとマクスという六人で打ち合いに入る俺たち。

 ただ今回は、俺とブレア、セリスとソニア、ピエルとマクスという三組に分かれての打ち合いとなった。たまには俺とブレアで打ち合わないと、互いの腕が鈍りかねないからな。


「こうしてブレアさんと打ち合うのは、いつぶりでしょうかね」


「うふふ、わたくしを以前のままだとは思わないで下さいませ」


 お互いに煽る俺たちである。ニヤッと笑い合うと、木剣を握る互いの手に力が入る。


「だりゃあっ!!」


「はああっ!!」


 俺たちは威勢のいい声と同時に飛び込んでいく。

 相変わらずブレアと戦うと、剣が木製とは思えない音を立ててぶつかり合う。俺たちの戦いから響き渡る音に、セリスたちはただただ呆気に取られていた。


「私たちとは、戦いのレベルが違い過ぎますね」


「本当……。あれ、同じ木剣だとは思えないわ」


 本来なら「カンカン」と鳴り響く木剣が、「キンキン」という音を立てているのだから、そりゃドン引きしてしまうというものだ。まるで金属の剣がぶつかり合っている感覚である。


「はあ、どうやったらあそこまでになれるんだろうな」


「私たちには、到底無理ですね……」


 打ち合いをしながらも、俺たちの方についつい目を向けてしまうセリスたち四人だった。

 差を詰められるかと思っていたのに、さらに差を広げられている実感を持ってしまっている。言葉の端々からそういった気持ちがはっきりと窺える。だが、たとえ敵わなくても自分たちも騎士になるんだという思いで、セリスたちは打ち合いに集中する。

 そうして、俺たちは気の済むまで打ち合いを続けたのだった。

 ちょっと嫌な事はあったものの、こうやって汗を流した事ですっきりする俺たち。気持ちを振り払うには、思いっきり体を動かすのがやっぱり一番なようだった。

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