第113話 結局こうなるのかよ

 面倒な事が起きた時というのは、どうしてその状況が続こうとするのか……。


 翌日の前衛型の午前中の実技講義のタイミングでそれが起きてしまった。


「……なんでこうなってますのよ」


 ブレアが呆れた声を漏らすのも無理はない。

 俺たちの目の前には、今年入ったばかりの学生たちが居たからだ。

 俺はフリードとジークの方を見るが、二人揃って俺から視線を逸らしていた。二人が視線を逸らすという事は、どうやら学園長の差し金っぽい。


「アリス・フェイダン、俺と勝負しろ」


「なぜでしょうか」


 当然ながら、ニールが俺に早速絡んでくる。俺はともかくとぼける。無視してもいいだろうが、その方が面倒になりそうだったので素っ気ない態度で対応をしたのだ。


「ドラゴニル様の後継は、この俺こそが相応しい。正式な後継の座を掛けて、俺と勝負をするのは当然の流れというものだろう?」


 ……正直言って面倒だ。なんでそこまであいつの後継に固執するんだよ、こいつは。

 俺はちらりとジークとフリードを見るが、二人して俺から視線を再び逸らしていた。ダメだこれは、こいつらにはもう期待できないな。

 こうなったら、実力で捻じ伏せるしかないってわけか。はあ、面倒くさい。


「……仕方ありませんね。そこまで仰るのでしたら」


 俺は一歩前に踏み出して、ニールに向けて指を差す。


「その勝負、お受け致しましょう!」


 俺は言い放ってやった。後ろではブレアが戸惑っているが、一度はっきりさせておかないと、こいつはいつまでも俺に付きまとってきかねない。自分の身を守るためにもやむを得なかったのだ。

 不安がるみんなを背に、俺はジークの方を見る。


「ジーク教官、申し訳ございませんが、ニール・ファフルとの模擬戦の許可をお願い致します」


 ジークは教官として悩ましい表情を見せていたが、俺とニール双方の顔を見て諦めたようにため息を吐いていた。


「……止めても無駄なようですね。いいでしょう、訓練場を壊さないという条件で許可します」


 表情をどう捉えてみても、渋々といった感じである。条件を付けてきたのは、先日のブレアとの戦いを踏まえての事だろう。あの戦いでもかなり訓練場はぼこぼこになったのだから、まあ仕方のない話だよな。

 ジークがやれやれといった感じで木剣を持ってやって来ると、俺とニールは木剣を受け取る。


「お前は絶対に認めない。ここで心折るくらいの敗北を味わわせてやる」


 ニールは受け取った木剣の先を俺に向けてくる。相当に俺に対して敵意を持っているのがよく分かる。

 だがな、俺はあいつの後継になるつもりも、お前に負けるつもりもねえんだよ。

 俺はニールの挑発に乗る事なく、木剣を持ってゆっくりと歩いていく。


「模擬戦をするのでしたら、さっさと済ませてしまいましょう。ただでさえ貴重な講義の時間中を使うのですからね」


 俺は流れるような髪の毛をふわっとさせながらニールの方へと振り向いた。

 それにしても男の頃を思うと、これだけのきれいな髪の毛っていうのが信じられないもんだぜ。適当に手入れしようとするとブレアが怒ってくるせいだよな。まっ、今の俺は公爵令嬢って立場だから仕方ないか。とはいえ、男の頃の癖でなかなか伸ばせないんだがな。

 一方のニールの方は、俺に対して強い感情を向けて睨み付けてきていた。既に敵意剥き出しの臨戦態勢だ。


「頼むから、壊すのだけは勘弁して下さいね。去年の騒ぎも大変だったんですから」


 ジークがものすごく頭の痛そうな顔をしている。

 去年の騒ぎとは、ランドルフ元子爵の起こした騒ぎの事だ。あの時は講義棟の3分の1が崩壊したからな。もうあんな事になって欲しくないところで、先日のブレア対ニールの戦いがあったんだから、切実になるのも無理はない話だった。


 さて、新入生と2年生が集まって見守る中、俺とニールが木剣を持って向かい合う。


「ルールは確認しておくぞ。気絶か降参、それと私が止めるかのいずれかで決着だ、いいな?」


「はいっ!」


 ジークが確認をすると、俺とニールが同時に元気よく返事をする。


「始め!」


 俺たちの態勢が整ったと見るや否や、ジークの合図が響き渡る。

 それと同時にニールは一気に飛び込んできた。

 金色の目がさらに金色に光っている。これはブレアにも見られるものだ。こうなっているという事は、すでにニールの奴はドラゴンの力を発揮しているという事。生半可な対応では吹っ飛ばされちまうってわけだ。

 まったく、ドラゴンの血筋ってのはどこまでいっても面倒くさい奴ばかりだな。


 カキーンッ!


 木剣とは思えない音が響き渡る。


「へえ、これを受け止めるんだ。さすがはドラゴニル様が迎え入れただけの事はあるな。だが、その虚勢がいつまでもつかな?!」


 ニールが不気味な笑みを浮かべて俺を見ている。……この笑みを一体何度俺は見ただろうか。何度見ても慣れねえもんだぜ。

 あまり直視もしたくないものだから、俺は力の限りニールの木剣を弾き飛ばして距離を取る。


「この程度で震えるとは、やはりお前はドラゴニル様の後継にふさわしくない。この俺がその血筋にふさわしい力ってものを存分に見せてやる!」


 ニールが叫ぶと、辺り一帯の空気が激しく震えたのだった。

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