第110話 新入生を迎えて

 1年目の最後の野外活動は、意外な事に王城に招かれて騎士団の訓練の体験だった。

 一応見習いという称号を得た事で、正式に参加する資格が出たための措置だそうだ。

 早ければ2年後にこの環境の中へと向かう学生も出てくる。事前に環境を見せておくのもまた勉強というわけである。

 学生の多くは学園での環境との違いに困惑している事だろう。だが、俺にしてみればこの程度はまったく苦でもなかった。これより酷い環境ばかりだったからな。学生用に甘くしてあるだろうが、この程度なのかと拍子抜けたものだった。

 ところが、俺以外の学生は全員がかなりへばっていた印象だ。ブレアですら厳しい様子だった。

 きょとんとした感じにブレアを見ていると、ブレアからは信じられないといった表情が返ってきたのが実に印象的だった。


 そんなこんなのあった年末も過ぎ、いよいよ俺たちは2年生に進級する。3年生までは自動的に進級するものの、そこで卒業できるかどうかは頑張り次第だ。

 もし卒業できなければ、目標とする騎士団への配属が遅れてしまうし、5年経っても卒業できなければ騎士見習いで終了してしまう。

 もちろん、騎士団への入団を受ける事はできるが、その分下っ端からのスタートになってしまう。屈辱的な事態を避けたい学生たちは、それなりにみんな必死になっていた。

 俺とブレアは新入生の様子を見るために講堂へとやって来ていた。言ってしまえばさぼっているわけだが、今日ばかりは別にさぼっても文句は言われなかった。

 というのも、入学式の真っ只中は自主練習という事になっているためだ。なにせ学園長やフリードたち教師陣が全員そっちに回っているのが理由だ。つまり、俺たちの授業を監督するものが誰も居なかったというわけだ。

 一応教える学生が増えたので、その分教師も補充されたはずである。だが、この入学式の日ばかりは教師陣は全員入学式に集められてしまっていたというわけだった。

 それにしても、よく今年も40名もの新入生を確保できたものだと思う。13歳限定にすれば、集めるのは相当厳しいと思われたからだ。13歳の子どもとなれば人数は居るかも知れないが、騎士を目指すとなればその数はかなり絞られてしまうからな。


「あの人たちがわたくしたちの後輩になりますのね」


「ええ、そうですね。見る限り、今年は女性が居ないようですけれど」


 俺たちがざっと見たところ、見た目で女性と分かる人物は居ないようだった。

 とはいえ、俺のように体型が貧相なのも居るし、ソニアのように短髪の女性だって居る。

 ……いや、別に俺は自分の体型が貧相だからって泣いちゃいないからな。今は女だが、俺の意識はまだまだ男のままだ。何も問題はない!

 なんだか心の中で思っていて悲しくなってきたな。隣では、俺の様子に気が付いたブレアが困惑気味に眺めていた。


「べ、別に何でもありませんから。気になさらないで下さい」


 俺が慌てたように弁解すると、ブレアはさらに首を傾けていた。どうも俺の態度が理解できないようだった。まあ、理解されても困るんだけどな。

 とにかく俺は、ブレアの気を逸らすように新入生たちの様子をじっと見守った。


「知り合いはいらっしゃいますかしらね」


「居ますわよ。あの辺りに座っている金髪の男性ががそうですわね」


 ブレアの指摘に俺はじっと目を凝らす。すると、ブレアが指摘した男がこちらに振り返ってきた。

 っと気付かれちまったようだな。

 俺とブレアは慌てて伏せて姿を隠す。


「こちらに気が付きましたわね」


「そのようですね」


「で、あの方はどなたなのですか?」


「私と同じフェイダン公爵家から分岐した傍流の家系で、ファフル伯爵家の長男ですわ。名前はニール・ファフルでしたわね」


 こそこそと話す俺とブレア。

 おそらくは俺が向けた視線が原因だろうが、俺たちの気配に気が付くとは大した奴である事に変わりはないだろう。おそらくは、俺たちを脅かす存在になると思われる。

 ドラゴニルやブレアを見ていれば分かるが、ドラゴンの血を引いている者がただ者であるわけがないのだ。それを思えば、この反応は納得のいくものだった。


 入学式を見届けた俺たちは、外へと出てくる。訓練場へ行っていつも通り打ち合いをするかと思ったのだが、そこで不意に声を掛けられる俺たちだった。


「待て、ブレア・クロウラー」


 誰の声かと振り返ると、そこに居たのは俺たちがさっき見ていた金髪の少年だった。よく見ると目まで金色だった。

 しかも顔立ちも整っており、かなりの美少年である。まあ、俺は惹かれはしないんだがな。


「なんですの、ニール・ファフル。わたくし、忙しいのですわ」


「その割には講堂に忍び込んでずっと見ていたじゃないか。言い訳が下手だぞ」


 なんともまぁ、やっぱり気付かれていたようだった。俺たちに声を掛けてきたという事は、かなり不快に感じてたんだろうな。


「で、それでしたらどうなさるというのです?」


 ところが、ブレアは釈明するどころかニールを煽っていた。こういうところがドラゴン連中の面倒なところだぜ……。

 この一発触発の雰囲気に、周りにどんどんと人が集まってきている。

 こうなるともう平穏に済ますのは無理だろう。俺は厄介事が確定した事で大きくため息を吐いたのだった。

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