第108話 急すぎる話

 その日の翌日、学園にドラゴニルがやって来た。分厚い書類の束をもって学園長室に向かっていったようだ。

 そういえば、もう1年が経つわけだし、俺たちに後輩ができる事になるわけだな。

 騎士というのは縦の序列が厳しい世界だ。おそらく、そういう思考の連中が何人かは居るだろうな。

 だが、この学園は3年から5年間という具合に在籍期間に幅がある。来年入ってくる連中の方が先に卒業という事もあり得るわけだ。もしそうなった時に発狂しなきゃいいんだがな。

 そんな事を思いながら今日も自主練に打ち込んでいると、訓練場にドラゴニルと学園長がやって来た。

 ちなみに俺以外にも10数人の学生が居るのだが、全員が驚いてドラゴニルたちを見ていた。


「ふむ、アリスが居たか。ちょうどいいな」


 ドラゴニルはそんなたまたまな風を装っているが、俺が居るからここに来たんだろうが。

 なんてったってドラゴニルの奴は、なぜか俺に関してはやたらめったら勘が鋭いからな。隠れたつもりでもすぐに見つけ出してくるし、思ってる事はすぐに見破ってくる。まったく、気持ち悪い奴だぜ。


「年が明けたら、また40名ほどの騎士を志望する学生が入ってくる。つまり、お前たちに後輩ができるというわけだ。しっかり先輩としての姿を見せてやるようにな」


 学園長が居るというのに、なぜか俺たちに向かって呼び掛けてくるのはドラゴニルだった。両手を腰に当てて反りながら笑ってんじゃねえよ。

 呆れたように眺めていると、ドラゴニルがどういうわけか俺の方を見てくる。


「おお、アリス。そこに居たのか」


 わざとらしく声を掛けてくるドラゴニル。俺は露骨に嫌な顔をしてやった。


「ブレアは今日は一緒ではないのか?」


「ブレアさんなら、セリスさんとソニアさんの相手をしてらっしゃいます。いつも私と一緒と思わないで下さい」


 俺は不機嫌な表情を向けながら答えた。


「そうかそうか。ブレアも友人ができたのか。喜ばしい事だな、ふははははっ!」


 だが、ドラゴニルはどこまでも前向きに捉えている。まったく強すぎるな、この男は。俺はただただ呆れるばかりだった。


「それで、私とブレアさんに何の用なのですか?」


 いくら言っても無駄だと感じた俺は、ドラゴニルの用件を聞く事にした。


「うむ、重要な話なのだが、とりあえず二人に揃ってもらわねばいかん。ここで詳しい話をするわけにはいかんのだ」


 ドラゴニルはどうにも歯切れが悪いようだった。ちらちらと俺や学園長を見ている。目の泳ぐドラゴニルもまた珍しい。

 珍しいは珍しいのだが、ここにいつまでもドラゴニルを居させるわけにはいかない。他の学生たちが委縮しちまってるものな。まったく、ドラゴンのオーラが隠しきれてないぞ。


「お父様、とりあえず移動しましょう。ここに居ては学生たちの訓練の邪魔になりますからね」


 俺はどうにかドラゴニルを移動させようとする。

 だが、こういう時の察しは悪いのがドラゴニルだ。俺が訓練場から移動させようとすると抵抗してきやがった。お前のオーラが邪魔なんだよ、ドラゴニル!

 学園長にも手伝ってもらってドラゴニルをどうにか訓練場から追い出した俺は、ブレアを呼びに訓練場の中を走っていくのだった。


「まったく何なんですの、アリスさん」


 どうにか見つけて連れてきたブレアは、珍しく俺に対してお冠だった。


「全部お父様のせいです……」


「ドラゴニル様の?」


 俺が弱々しく言い訳をすると、ブレアはすぐさま反応していた。察してくれたようだった。


「よく来てくれたな。お前たちには話しておかなければならない事があるんでな。とにかく座れ」


 学園長室にやって来た俺たちに、ドラゴニルは偉そうに話し掛けてきた。イラつくのは仕方ないのだが、手短に話を済ませたい俺たちはおとなしくソファーに腰を下ろした。

 ドラゴニルからの話というのは、以前学園で暴走して校舎を半壊させたランドルフ子爵の事だった。


「実はだな、ランドルフの奴が治めていた土地が没収されてな、新たなランドルフの名を持った者に与える事になったのだ。そこでお前たちに話があるというわけだ」


 なんとも急な話だった。

 これを聞くだけでもランドルフ子爵はいろいろと残念な事になったのは分かったものの、まさかそういう方向に話が進んでいるとは思わなかった。

 しかし、なぜそれを俺たちに話しているのだろうか。俺たちはまだ13歳だし、騎士を目指して勉強している真っ最中なのだからな。

 ところが、ドラゴニルの口から飛び出したのは、意外過ぎる言葉だった。


「我としてはアリス、お前をランドルフの後継にしようと思っている。ただ、爵位は男爵になるがな」


 ドラゴニルが話した内容に、俺とブレアが揃って大声で叫ぶ。突然すぎる話なのだ。


「あの宝珠を見抜いて、惨事を防いだのだ。それくらいの褒賞が出ても不思議ではなかろう? 当然ながらお前は学園で勉強中の身だ。卒業までは何があっても学園を出られない。その間は我とクロウラー伯爵の家から代理となる領主を遣わす事になるがな」


 驚きすぎると口が開いたまま塞がらなくなるんだな……。

 唐突過ぎる話に、俺とブレアはしばらくの間、まったく反応できずにいたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る