第107話 1年の暮れに
気が付けば1年目も終わりに近づいていた。
王都も寒い時期にあたり、ちらほらと白いもの、雪が舞い落ちるようになっていた。
この頃ともなれば、半壊した講義棟もすっかり修理が終わり、無事に校舎での座学が再開されていた。
ランドルフ子爵が暴れた日以降、ドラゴニルはまったく学園に姿を現さず、学園長たちもその話題にはまったく触れずにいた。あの後どうなったのか、俺たちには知るすべはなかった。
とはいえ、騎士を目指す俺たちにとってはいちいち気にしているわけにはいかず、ただただ日々の訓練に明け暮れるのだった。
年の瀬も迫ったある日の事、俺たち養成学園の一期生たちは揃って城へと呼び出された。
はっきり言って、どうして城に呼び出されたのか理由はまったく分からなかった。
疑問に思うところは多いものの、俺たちはなんと謁見の間に通されてしまっていた。まさかの謁見の間に、学生たちはみんな戸惑いを隠せないようだった。
「よく来たな、未来の騎士たちよ」
響き渡った声に、俺たち全員が震え上がる。
それはそうだろう。目の前に国王が現れたからだ。貴族ならば知らない人はまずいない人物だ。俺だって知っている。
こうやって目の前にする事のない人物だから、これだけの騒ぎになっているのだ。
「それにしても、この一年、実によく耐えてくれたな」
さらに驚かされたことに、国王から労いの言葉が飛び出した。
俺とブレアは声を上げなかったものの、他の連中はどよめくばかりだ。
しかし、そばに控えている宰相が大きく咳払いをすると、みんな一斉に静かになった。
「ただでさえ初めての試みゆえに、いろいろと不自由を掛ける事になった。それだけならまだしも、まさか妨害工作をするような者まで出てくるとは思わなかった。諸君らが無事だった事は、本当に幸いと言わざるを得ないな」
国王は名前こそ出さなかったものの、間違いなくランドルフ子爵の事である。学園でドラゴンとなって大暴れしていたから、俺とブレアの頭の中にはしっかりと残っていた。しかも、俺たちの親の領地と隣り合う場所の領主だったからな。忘れようと思っても忘れられないぜ。
(そういや、あのおっさんどうなったんだろうな……)
国王からいろいろ言葉もらいながら、俺は思い出したかのように気になっていた。
(誰からも話が出てこなかったからな。ドラゴニルですらまったく姿を見せないとは、よくよく思えば不自然が過ぎるぜ)
俺はそんな事を考えていたので、国王の言葉をまったく聞いていなかった。
「アリスさん、アリスさん」
突然、ブレアから肘で突かれる俺。俺はついびっくりしてしまう。
「ブレアさん、一体何なんですか?」
俺は小声で反応する。
「余計な事を考えるのはおやめになって下さいな。あそこでドラゴニル様が睨んでらっしゃいますわよ」
ブレアの言葉を聞いて、はっと謁見の間の片隅を見る。そこにはなんと、ドラゴニルが立っていたのだ。いつの間に居たんだよ。
ドラゴニルは俺の事を運命の伴侶とか言っていて、俺の考えを散々見透かしてくる。あの様子じゃ、俺が上の空で考え事をしていた事もしっかり見抜いているのだろう。まったく、めんどくさい奴だぜ。
長々とした国王の挨拶がようやく終わる。
そして、国王がようやく玉座に腰を掛けたかと思えば、今度は鎧を着込んだ男が出てきた。
「騎士団長だ」
「うそだろ? 騎士団長様が出てこられるってどういう事だ?!」
学生たちが騒がしくなる。どうやらあの鎧を着た男は現在の騎士団長らしい。
だが、俺はその男に見覚えがあった。
(巻き戻った今回もあの男が騎士団長をしているのか……)
俺は騎士団長と呼ばれた男に鋭い視線を向ける。
「どうされましたの、アリスさん」
あまりに鋭い俺の視線に、ブレアは慌てたように確認してくる。
「なんでもありません。ちょっとよくその顔を見ておきたいだけですから」
「そ、そうですのね……」
俺の取ってつけたような理由を聞いて、ブレアはおとなしく引き下がっていた。
鋭い視線を送っているものの、巻き戻り前に騎士団長から直接何かをされたという事実はない。
ただ、俺が受けていた扱いについて、一切の関与をしてこなかったのだ。
俺がいいようにこき使われて苦しんでいるというのに、あの男は何の対処すらもしなかったのだ。まるでそこに存在していないかのように。
そういった記憶があるからこそ、俺は騎士団長に対して一方的な悪い感情を向けているというわけだ。
巻き戻った今なら、まだまったくの無関係だというのにな。一度染みついた感情というのは、簡単に拭い去れないものなんだな……。
騎士団長から挨拶を受けている俺たち。
どうやら、1年間の授業を終えた事で、騎士団に入団した状態と同じ騎士見習いの称号を与えられる事になるらしい。
その上で、騎士としての心構えやあり方というのを延々と聞かされる事となった。国王よりも挨拶が長いじゃねえかよ。
あまりの長さに退屈するかと思いきや、さすが見習いとはいえ騎士の紋章を授けられたので、全員が最後までしっかりと聞き届けていた。
話が終わった後は騎士団の練習に参加させてもらえたので、おおむね満足していたようである。
何にしても、この一年頑張ってきた結果が報われているのだ。みんなその事をしっかりと噛みしめながら、学園へと戻っていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます