第105話 騎士は動じないものだ
校舎が半壊したというのに、学園の授業は休みにはならなかった。騎士というものは日々の鍛錬がものを言うのである。たかが校舎が壊れたくらいで休む事などあり得ないのである。
だが、校舎が使えないので座学の授業はどこで行うかについて、前日に夜中まで教師陣が意見を交わしたそうだ。ちなみに学園長は怪我を負ったために、治療のために城へと運ばれたらしいので不参加である。
ドラゴニルの話では一応守ったらしいのだが、ランドルフ子爵の攻撃の出が早くて完全ではなかったそうだ。ドラゴニルの反応速度が負けるとは、どれだけ瞬間的なものだったのだろうか。まったく想像のつかない話だった。
それでもドラゴニルが守ったというのは事実らしく、学園長の怪我はかなり軽いので数日もあれば職場に復帰できるらしい。それまでは学園の体制は暫定的に副学園長が学園長の代わりを務める事となった。
それで、座学の授業を行う場所なのだが、訓練場の一室を使う事になったらしい。狭いけれども仕方がない。学生の何人かは文句を言っていたらしいが、場所がない以上は我慢するしかないだろうが。貴族ってのは我慢が利かない連中ばかりで困ったもんだぜ。
ちなみに校舎は壊れた部分を一度壊して、魔法を使いながら建て直していくそうだ。魔法っていうのは便利なんだな。まあ、俺は使えないけど。
そんなこんなで大きな騒ぎはあったものの、次第に学園生活は落ち着きを取り戻していった。
何かと騒ぐ奴が居るが、使いっ走りをさせられていた俺からすればこの環境は恵まれ過ぎだ。
汚い部屋に押し込められて寝起きをするなんてよくあったし、討伐命令を受ければ何日もの間野宿なんてのは当たり前だしな。いつでも屋根とベッドがあると思うんじゃないぜ。
俺は声を大にして言いたかったが、逆行前の話だし、騎士になれば嫌というほど経験する事になるだろうからあえて黙る事にした。言ったところで聞きやしないだろうしな。
そんな無駄な努力をするくらいなら、ドラゴニルに言われた通り、自分の力をちゃんと扱えるように訓練するだけというものだ。
というわけで、俺は授業が終わった後にブレアたちと一緒に訓練場で打ち合いをしていた。
セリスにソニア、それとピエルとマクスという、いつもと変わり映えのしないメンバーだった。
「はっ! たあっ!」
「動きが甘いですわよ。二人掛かりなんですから、もっと連携して下さいませ」
ブレアはセリスとソニアの二人を相手に打ち合いをしている。この光景もだいぶ見慣れたものだし、ブレアがダメ出しをしているものの、そのレベルは確実に上がって来ていた。
一方の俺はというと、ピエルにマクスという男二人相手なのに、ブレアの方を気にしてよそ見をするという余裕があった。
ピエルにマクスも腕は上がってきているのだが、まだまだ剣筋が甘い。対人の経験がそのくらい乏しいのだろう。それによそ見されるくらいだからな。
これでも二人だって腕は上げてきているのだが、ドラゴニルにしごかれてきた俺たちからすればまだまだというわけだった。
「はあはあ……。嘘だ、ろう?」
「腕を上げたと思ったのに、まったく敵わないなんて……。これが、フェイダン公爵家なのか?」
しばらくすると、ピエルもマクスもその場にへばり込んでいた。まったく情けない限りだな。
「二人とも、剣筋が素直すぎるのです。慣れた相手だと攻撃が簡単に読まれてしまいますので、対人には向きませんね」
ばっさりと言葉でも斬り捨てる俺である。だが、二人とも疲れ切っているのか、俺の言葉にまったく反応できていないようだった。
「あら、アリスさんの方も終わりましたの?」
「ブレアさんもですか?」
俺にブレアが声を掛けてきた。ブレアもセリスとソニアの二人を相手にしていたはずなのに、まったく呼吸が乱れていない。ちらりと視線を向けると、セリスとソニアも、男二人のように地面に座り込んでいた。
まったく、実力差があるとはいえ、2対1という状態でこれでは困ったものだ。
「アリスさん」
「ええ、ブレアさん」
四人の状態に呆れつつも、俺とブレアは簡単に言葉を交わすと木剣を構えた。付き合いが長いせいか、言葉がなくても通じ合ってしまうのである。
次の瞬間、俺とブレアは木剣をぶつけ合っていた。
「くっ……」
「うおっ!?」
俺たちが木剣をぶつけただけで、もの凄い衝撃波が周囲へと広がっていった。座り込んでいる四人が思わず声を上げてしまう。
「……俺たちとは格が違い過ぎるな」
「目標にするには、遠すぎますね」
「……いつか勝つわ」
「勝てる気がしないよ……」
あまりの凄まじさに、ソニアを除いて諦めの雰囲気が漂っていた。そのくらいに俺たちの戦いは次元が違ったのだ。
俺とブレアの戦いはしばらく続けられ、結局今回もお互いの木剣が砕け散って試合終了となったのだった。もうこれで何本の木剣が犠牲になったのだろうか、もう分らないくらいだった。
しかし、俺とブレアはまだ強くなる事を誓い、最後に拳を突き合わせてこの日の訓練を終えたのだった。
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