第104話 未熟を知れ
「だりゃあああっ!!」
俺の渾身の一撃がランドルフ子爵を捉える!
「グルオオオン……」
俺の一撃を食らったランドルフ子爵は、苦しそうな声を上げながら地面へと倒れ込んだ。
これでおとなしくなってくれればいいのだが、困った事にランドルフ子爵は倒れ込みながらも俺たちを鋭く睨み付けていた。
だが、首筋に大きな傷を負ったがためにしばらくは動けないだろう。
それにしても、俺の力は本当に恐ろしいものだと実感させられた。木剣だというのに、ドラゴンの分厚い皮膚をこれだけ深く斬り裂けるのだから。
「アリスさん、ブレスが来ますわよ!」
俺がランドルフ子爵を見下ろしていると、ブレアが叫ぶ。
その声に慌てて子爵を見ると、口にどす黒い光が集中しつつあった。
この状態からまだ攻撃しようといいのかよ!
まったく、なんという執念なのか。俺はその行為に思わず恐れをなして青ざめてしまう。
(くそっ……、体が動かねえ)
能力が中途半端なせいか、ランドルフ子爵への一撃の反動で体が硬直していたのだ。さすがにこの状態では躱す事は不可能だった。
俺が死を覚悟したその時だった。
「まったく、まだまだ未熟だな」
どこからともなく声がして、ランドルフ子爵の口の上に勢いよく何かが降ってきた。
……ドラゴニルだった。
「この程度で死を覚悟するとか、まだまだ未熟すぎるぞ。我と相打ちになった時の力には、まだまだ遠く及ばぬな」
ドラゴニルの睨みに、俺の体はさらに硬直を増した。飲み込まれそうなほどの冷たい視線。その視線に俺の呼吸は激しく乱れた。
「っと、こやつにも死なれては困るな。まったく、法律で裁かねばならぬとは、実に面倒な事だ……」
口をふさがれて暴発しそうになっていた子爵のブレスが、ドラゴニルが手をかざしただけでその勢いを弱めていった。なんて力なんだよ。
改めてドラゴニルの尋常ではない力を、まざまざと見せつけられてしまった。そして、ドラゴニルがランドルフ子爵の口をもう一度踏みつけると、子爵はドラゴンの姿から人間の姿へと戻っていったのだった。
「さて、我はこやつを連れて王城に行く。お前はブレアと一緒に学園に戻っておれ」
「あ、ああ……。分かった、そうする」
ドラゴニルの言葉に、俺は簡単に反応する事が精一杯だった。
あれが本物のドラゴンの力の一端なのだ。よく俺はあの強大なドラゴンを相手に相打ちに持ち込めたなと、呆然とするばかりだった。
「アリスさん、大丈夫でしたか?」
ブレアが駆け寄ってくる。だが、俺はその声に反応できないくらい呆然としていた。
「……あれは、ドラゴニル様のお姿では? もしかして、ドラゴンを倒したのはドラゴニル様なのですの?」
「あ、ああ……」
格の違いを見せられた俺は、ブレアの問い掛けにそれだけ返すのが精一杯だった。あまりの俺の状態の酷さに、ブレアは首を傾げて不思議そうにしていた。
だが、いつまでもこのままではいけないと思ったのか、ブレアは俺に近付いて手を取る。
「アリスさん、とりあえず学園に戻りましょう。ここは学園の敷地の外ですから、やむを得ない事情があったとはいえ、規則違反を問われかねませんわ。それに、建物の破壊に巻き込まれた学園長が心配ですもの」
ブレアは実に冷静だった。その姿を見て、俺はどうにかブレアの手を取ると、ゆっくりとではあるもののしっかりと立ち上がった。
そして、ひとつ深呼吸をすると、ブレアと一緒に学園へと向けて歩き出した。
学園が見えてくると、半壊した講義棟が目に入る。壁もかなりの範囲で崩壊していた。
すべてはランドルフ子爵が暴走してドラゴン化したせいだ。
学園長室のあたりは完全に消し飛んでいるし、地面までかなり抉れていた。ドラゴンという存在がどれだけ凶悪な存在かというのがよく分かる被害だ。
だが、ランドルフ子爵を引き渡して戻ってきたドラゴニルから聞けば、これでもかなり被害は小さい方だという。ドラゴンが本気で暴れれば、学園の敷地すべてが更地になっている方が普通なのだそうだ。
その話を聞かされた時、俺もブレアも血の気が引いたのは言うまでもない話だった。
「……わたくしも、もしかしたらあのようになると仰るのですか?」
「その通りだ。我の一族に連なる者は、ドラゴンへの変身と宝珠を作り出す能力を有している。末席であるランドルフですら使えるのだ。傍流とはいえ我に近い立場のクロウラー伯爵家なら、あやつより強力な存在となるだろうな」
「そんな……」
ドラゴニルの言葉に、ブレアはものすごくショックを受けていたようだ。あんな暴走を見た後なのだから、精神的なダメージは計り知れないだろう。
落ち込むブレアを俺はどうにか慰めていた。
「どうなるかはお前の心の持ち方次第だな。アリスもだが、しっかりと自分の力を扱えるように日々の鍛錬を怠るでないぞ」
最後はしっかりと説教で締めるドラゴニルである。
だが、その言葉は今の俺には深く突き刺さった。
ドラゴニルが帰った後の俺とブレアは、その日の食事がほどんど喉を通らないくらいにただただ落ち込むばかりだった。
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