第102話 迷いの剣

 俺たちは学園の敷地から出て、森の方へと飛ばされたランドルフ子爵を追いかける。

 落下した地点からはもうもうと土煙が立ち上がっている。落下の衝撃の凄まじさがよく分かるというものだ。

 しかも、その土煙はかなり濃いので、向こう側がどうなっているのかまったく分からない。相手の体躯は大きいので、あまりに近付いてしまうと不意打ちを食らう可能性がった。


「ブレアさん、それ以上進んではいけませんよ」


「なぜですか。アリスさん」


 俺はどんどんと進むブレアを呼び止める。ブレアは理由が分からないといった感じで、困惑した表情を浮かべている。


「これだけ視界が悪いのです。むやみに突っ込んでいっては、不意打ちを受けかねません。相手はドラゴンなのですよ?」


 ブレアを注意すると、ブレアは理解をしたのか動きを止める。今回ばかりはこちらが攻め込むよりも、相手の出方を見た方がいい。だから、俺はブレアを止めたのだ。

 止めた理由はもうひとつある。

 状況に関して詳しくは分からないが、相手が暴走状態にあると感じたからだ。暴走状態であるならば、平常時の常識は通じない。たとえ目や鼻が使えない状態でも、直感的に動く事があるからな。

 つまり、無理に突っ込めば鋭くなった相手の感覚を前に致命傷負いかねないってわけだ。


 ……結果として、俺のこの勘は正しかった。


「ぐおおおおおっ!!」


 体を起こしたランドルフ子爵の爪が、叫び声と同時に俺たちの近くの空を切っていたのだ。あのまま近付いていたら、間違いなく爪の餌食になっていた。危ねえ……。

 ところが、俺はもうひとつ見落としていた。


「うおっ!」


「きゃあっ!!」


 空を切った爪の衝撃波だった。

 強風が俺たちを容赦なく襲う。

 どうにか耐える俺たちだったが、次の瞬間、黒いドラゴンの巨体が俺たちと向き合うようにして立っていた。

 殺気立ったドラゴンを目の前にすると、さすがに俺たちの体はすくみ上がってしまう。威圧感が強すぎるのだ。

 だが、びびってばかりもいられない。このランドルフ子爵をどうにか止めないと、被害が拡大していく恐れがある。

 ドラゴニルが居るからそれはないかも知れないが、もし任せる事になった場合、別な被害が発生しうるからな……。なんとしても、俺たちで解決するしかないってわけだ。


「はあああ……っ!」


 俺たちが持っているのは木剣ではあるが、力を使えばおそらくはドラゴンとはいえダメージを与えられるはずだ。俺は魔物を滅する力を解放する。

 日々の訓練のおかげで、そこそこ制御できるようになってきた。今はその成果は見せる絶好の機会なのだ。


「アリスさん? 本当に木剣でドラゴンに立ち向かうつもりですか?!」


 自分の持っている武器に気が付いて、ブレアが混乱している。

 だが、俺はそんな事には構いやしなかった。小さい頃にはその辺の木の枝でウルフを真っ二つにしたくらいだ。木剣だってまったく問題はない。

 それよりも問題は、このドラゴンを殺さずに無力化する事だ。俺の力を使えば魔物を倒せはするが、無力化というのはなかなかに難しいんだ。

 逆に言えば、殺すのは簡単な話だ。しかし、このドラゴンはランドルフ子爵であり、先日の野外実習での事件の重要参考人。そのために、俺はずいぶんと難しい注文をつけられてしまったのだ。


 改めて俺は呼吸を整える。

 我を忘れているはずのドラゴンだが、俺たちを前に少し攻撃を戸惑ったようだ。もしかしたら、わずかに自我が戻ったのかも知れない。

 だが、それはまったくもって見当違いだった。


「がああっ!!」


 ドラゴンが俺たちに襲い掛かってきた。俺とブレアは問題なくその攻撃を躱す。

 ランドルフ子爵の動きがいまいち悪いようだ。おそらくはランドルフ子爵がドラゴンの体に不慣れなためだろう。これならまだどうにかできるかも知れなかった。


「たああっ!」


 攻撃の合間を見て俺は攻撃を仕掛ける。だが、その時ドラゴンの首が膨らむ。

 次の瞬間、口から黒い炎が吐き出された。


「うわっつっつ……」


 間一髪、炎を躱す俺。あのタイミングで炎を吐いてくるとは思わなかったぜ。

 気付くのが遅れていたら、炎に巻かれて火だるまになっていたところだった。


「アリスさん、大丈夫ですの?」


「ええ、大丈夫ですよ。それよりも、このドラゴンをどうやって無力化するか、それを今は考えませんとね」


 改めて目の前に立ってみて、俺たちはいかに難しい問題に直面しているかという事を、嫌なくらいに実感せざるを得なかった。

 頬をひやりとした汗が伝っていく。

 その瞬間、再びドラゴンは炎を吐く。俺たちはこれも横っ飛びで回避するが、そこへすかさず尻尾を振り回してくるドラゴンだった。

 まったく……、暴走しているらしいのに、実に冷静だと思えるくらいの攻撃を仕掛けてきやがるな。

 最初のうちは存在していたはずの隙が、徐々に少なくなってきていた。おそらくドラゴンの体が馴染んできたのだろう。

 こっちはまだ戦うには不十分な状態だというのに、まったく厄介な相手なもんだぜ。

 俺たちが攻めあぐねている間に、ドラゴンの動きがよくなってきていた。はっきり言ってこのままではまずい。

 そう、俺たちにはもう迷っている余裕などなかった。覚悟を決めてドラゴンに立ち向かうしかなかったのだった。

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