第101話 荒れ狂うドラゴン

 大きく膨らむランドルフ子爵の首元。


「ブレスが来るか。まったく、完全に我を失っておるな。これだから末席は……」


 ドラゴニルが身構える。

 それと同時にランドルフ子爵の口から黒い炎が吐き出された。黒い炎は闇属性の証だ。


「ふんぬっ!」


 ドラゴニルが気合いを入れると、黒い炎は霧散してしまった。さすがはドラゴニルである。


 その頃、実技の授業をしていた俺たちも異変を感じた。

 大きく地面が揺れたのだ。


「な、なんだ?!」


「大きい揺れですわね」


 授業の行われている訓練場の中が騒がしくなる。なにせ周りが高い壁に囲まれているので、俺たちには状況がまったく分からないからだ。その中で大きな揺れが襲えば、誰だって不安になってしまう。


「何が起きているのか確認しに行きましょう」


 俺は居ても立っても居られなくなり、ブレアと一緒に訓練場を出て行こうとする。


「私たちも行きます!」


 すると、セリスたちが俺たちについて来ようとする。だが、俺はそれを止めた。


「気持ちは嬉しいですが、みなさんはここに残って、みんなの事をお願いします」


「そうですわ。それにこの波動、魔物が襲来したという感じではありませんわ」


 俺とブレアが真剣な表情で、セリスたちを説得する。


「……分かりました。では、こちらは私たちに任せて下さい。……どうかご無事で」


 ブレアの言葉に、セリスたちはおとなしくする事を受け入れた。


 俺とブレアは外へ出て、大きな音がした方向へと走っていく。だが、確認するまでもなく、俺たちの目には異変が飛び込んできた。


「な、なんですの、あれは?!」


「ドラゴンですね。しかもかなり大きいですよ」


 そう、大きな黒色のドラゴンが暴れているのである。


「真っ黒で禍々しい感じのドラゴンですわね。あれに勝てますかしら……」


 ブレアの表情が厳しくなる。まぁ無理もない。目の前のドラゴンは2階建ての建物よりもさらに大きいのだから。それでも、俺の記憶にあるドラゴニルの大きさに比べればかなり小さい。ならばどうにかなるかも知れない、俺はそう考えた。


「ブレアさん、とにかく被害を減らすために、ドラゴンを建物から離しましょう」


「そうですわね」


 俺とブレアは作戦を確認すると、ドラゴンへ向かって走っていく。


「ふん、見境をなくすとはまったく末席らしい行動だな、ランドルフ子爵」


 俺たちが向かっている最中、ドラゴニルはランドルフ子爵をさらに挑発していた。次の瞬間、尻尾の攻撃がドラゴニルたちを襲う。ドラゴニルは学園長を魔法で退避させると、その攻撃をひらりと華麗に躱していた。

 攻撃を躱したドラゴニルは、そのままランドルフ子爵の顔面へと拳を叩き込む。


「ぐおおおっ!」


 人間サイズの拳を叩き込まれたランドルフ子爵は、ものすごく痛がっている。人間サイズとはいえ、ドラゴニルのパワーは規格外のようだ。


「お父様?!」


「おお、アリスか。悪いな、取込み中なんだ。話なら後で聞くぞ」


 状況が状況なのに、ドラゴニルは笑顔で俺を見ながら話し掛けてきた。なんだ、この余裕は。


「どういう事なんですの、ドラゴニル様。説明して下さいませんこと?」


「なあに、こいつは我とこやつ、ランドルフ子爵との間の問題だ。手出しは無用だぞ」


 ドラゴニルは、余裕しゃくしゃくとした様子で俺たちに答えてくる。って、このドラゴン、ランドルフ子爵かよ。あの気持ち悪いおっさんがこんなドラゴンになるのか?!

 目の前の光景に、俺たちはただただ驚くしかなかった。もうどれに驚いているのか分からないくらいだぜ。


「実はな、このランドルフ子爵もクロウラー伯爵同様に我がフェイダン公爵家の傍流なのだ。ただ、こやつの家は末席過ぎて、我ですら忘れていたくらいだがな!」


「ぐおおおぉんっ!」


 俺たちと話しながら、ドラゴニルはランドルフ子爵の攻撃を余裕で躱している。


「さて、いい加減に遊んでいては学園に被害が出るな。いっその事、ひと思いにやってしまおうか」


 ドラゴニルは拳に力を籠め始める。


「ちょっと待って下さい、お父様。さすがに殺すのはまずいと思います。せめて気絶させて元に戻す方向でお願いできませんか?」


「……ふむ、魔法使いどもにも殺すのはやめろと言われたな」


 ドラゴニルは、力を籠めた拳をランドルフ子爵に叩き込む。しかし、それは致命傷になるようなものではなく、あくまでも戦意を削ぐための攻撃だった。


「よし」


 そう呟いたドラゴニルは、ランドルフ子爵に思い切り一撃を叩き込む。すると、ランドルフ子爵は大きく森の方へと吹き飛んでいく。あれだけ攻めながらも、ドラゴニルにいいようにあしらわれている。その様子を見た俺たちは、なんだか可哀想に思えてきた。


「アリス、ブレア、ちょうどいい」


「何でしょうか、お父様」


「お前たち二人で、あいつを殺さずに元に戻してみせろ。なに、お前たちならできるはずだ。もしもの時は我がちゃんと助けてやるからな、安心しろ」


 両手を腰に当てながら大きく笑うドラゴニルの姿に、俺もブレアも表情を歪ませた。本気か?

 だが、このままドラゴニルに任せていれば間違いなく殺してしまうだろうし、そうなれば俺たちでやるしかないのだろう。……もうどうにでもなれの精神である。


 こうして、なりゆきながらも俺とブレアはドラゴンと戦う事になってしまったのである。

 俺たちは無事に殺さずにドラゴンを無力化できるのだろうか。緊張の戦いが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る