第100話 響き渡る咆哮

「まったく……。我が一族の末席とはいえ、ずいぶんな事をしてくれたものだな、ランドルフ子爵」


「な、何の事だ!」


 ドラゴニルの言葉に、ランドルフ子爵は慌てている。明らかな同様に、ドラゴニルも学園長もため息しか出ない。


「アリスが宝珠を発見して真っ二つにしてくれたおかげで、こうやってお前にたどり着けたのだ。我もあの子には感謝せざるを得ないな」


 ドラゴニルはそう言いながら、話に出てきた宝珠をランドルフ子爵の目の前に差し出した。

 きれいに真っ二つになった宝珠を見たランドルフ子爵は、驚きで顔色が蒼くなっている。


「どうした、ランドルフ子爵。顔色が優れないぞ?」


 ドラゴニルは煽るように言葉を掛ける。その表情には怒りが満ちている。

 ランドルフ子爵は体を震わせながら、ドラゴニルを睨み返す。そして、反論を叩きつける。


「その宝珠が何の証拠になるというのだ! 一体何を持ってこの俺を犯人だとするのだ!」


 大声で叫んで主張するランドルフ子爵は、肩で大きく息をしながらドラゴニルを睨み続ける。

 だが、そのランドルフ子爵に対して、ドラゴニルは嘲笑を浮かべていた。


「お前は基本的な事すら忘れたのか?」


「何をだ?」


 ドラゴニルの問いに、歯を食いしばりながら返す。それに対して、ドラゴニルは何とも冷たい態度でため息を吐いた。


「末席過ぎてこんな初歩的な事も忘れるとはな……。子爵という爵位すらももったいない」


「何が言いたいのだ!」


 ダンと足を鳴らすランドルフ子爵。かなり頭に血がのぼってきているようだった。


「ドラゴンの宝珠というものは、生み出した者にしか扱えぬ。他人が使うには解放が必要なのは知っているな?」


「……知らん。それが、どうかしたのか?」


 ランドルフの反応に一瞬の間があった。その間をドラゴニルが見逃すはずもなかった。


「ふっ、まあそういう事にしておいてやろう」


 ドラゴニルは鼻で笑うくらいに余裕である。その態度が、さらにランドルフ子爵をイラつかせる。


「つまりだ。この宝珠には必ず作ったドラゴンの魔力がこもっているという事になる。その魔力の波動は、ひとつひとつ必ずドラゴンごとに違っている。そして、同じドラゴンが作れば必ず同じ魔力の波動を持つのだ。……それが分からぬお前ではなかろう?」


 ドラゴニルが睨み付ければ、ランドルフ子爵は一歩足を引いた。ぐぬぬと歯ぎしりをするランドルフ子爵である。


「さすがに城の魔法使いどもでは分からなかったようだが、この我にかかれば不可能ではないのだよ。幾重にも妨害魔法をかけていたのは驚いたがな」


 腕を組みながら、ランドルフ子爵を見下すようにして話すドラゴニルである。


「結果として、お前の魔力の波動が検出されたのだ。ただでさえ隣の領地で付き合いの長いお前だ。そのおかげですぐに分かったというものだ」


 ここまでドラゴニルに言われてしまえば、もうランドルフは後がなかった。

 体を大きく震わせ始めていた。


「……お前たちが悪いのだ」


 ランドルフ子爵は何かをぽつりぽつりと呟いている。


「聞こえんなぁ。もっとはっきり言ってくれ」


「お前たちが悪いと言っておるのだ!」


 ランドルフ子爵が声を荒げてドラゴニルに向けて叫ぶ。

 だが、肝心のドラゴニルは分からないといった顔をしている。


「理解できんな。これといって何かをした覚えはないんだがな」


「ぐぬぬぬ……、とぼける気か!」


 ランドルフ子爵が声を荒げるものの、ドラゴニルにはまったく覚えがないのだから平行線である。

 しかし、ランドルフ子爵は勝手に怒りを募らせていっていた。


「おのれっ! ドラゴニルもその娘も俺をコケにしおって! 許さぬ、許さぬぞっ!」


 怒りが頂点に達したのか、ランドルフ子爵の体が大きく震え上がっている。


「むっ、これはいかん」


 その状況に、ドラゴニルは何かを感じたようである。すぐさま学園長へと手を伸ばし、自分の周りに魔力をまとわせた。


 次の瞬間だった!


 学園長室が大きな音を立てて弾け飛ぶ。ものすごい瓦礫が降り注ぐ音と土埃である。

 一体何が起きたというのだろうか。


「ちっ、ランドルフ子爵め……。何を血迷ったか……」


 ドラゴニルは学園長を抱えながら、魔法で宙に浮いている。


「グルアアアアアッ!!」


 まだ土埃が晴れぬ中、何者かの咆哮が響き渡る。


「奴とてドラゴンの血を引く者の末席。高ぶった感情に力が暴走したか」


 あくまでも冷静なドラゴニルである。しかし、その土埃が晴れ渡っていくと、そこには信じられない光景があったのだ。


「な、な、な……。なんじゃありゃあっ!!」


 思わず学園長が叫んでしまう。

 叫んでしまうのも無理はない。そこに居たのは大きな黒色のドラゴンだったのだから。


「ど、ドラゴニル。あれは一体……」


「ランドルフ子爵の本来の姿だ。あやつとて先祖をたどれば我と同じところにたどり着く。ただ、人間の血が濃くなったがゆえに、力は使えるが変身する事は無理なはずなのだがな……」


 慌てふためく学園長に対して、どこまでも冷静なドラゴニルである。

 だがしかし、そんな悠長な事を言っている場合ではなかった。ドラゴンとなったランドルフ子爵は、いきなり大きく息を吸い込み始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る