第91話 宝珠を巡って
俺たちの魔法の授業が始まったその頃、城の方でもいろいろな事が行われていた。
その一つが、野外実習で俺がぶっ壊した宝珠の調査だった。真っ二つになって機能を失ったとはいえど、その宝珠からはまだ不吉な力が漏れ出している。城に勤めている魔法の使える者たちは、その不吉な力を前に息苦しく感じているらしく、思った以上に調査は初手の段階から難航しているようだった。
その日はドラゴニルが城を訪れていた。実は学園にドラゴニルが顔を出したのも、宝珠の調査のために王都に来ていたからだった。
「アリスが見つけたとかいう宝珠だが、調査は進んでいるのか?」
「はっ……、それが……」
城へやって来たドラゴニルの問い掛けに、対応している文官が歯切れの悪い反応を見せている。その曖昧な態度に、ドラゴニルは明らかな不快感を示す。
「我が来ているというのにその態度。お前らは命が惜しくないのか? はっきりと言え!」
ドラゴニルが軽くドラゴンの力を放って脅す。それに対して文官たちは震え上がりながら腰を抜かしていた。ほんのわずかの力でもこれである。
「ひぃいっ! あれは私たちの手には負えません。まったく進んでいないです、はい!」
膝をガクガクとさせながら、文官たちは正直にドラゴニルに白状した。
「そうか。最初からそう素直に言えばいい。変にプライドを見せようとするでないぞ」
報告を受けて、ドラゴニルは部屋の中へと入っていく。
部屋に入ると、一気に雰囲気が変わった。
(ふん、我の気配を感じて必死に抵抗してきたか。となると、やはりこれは我の一族と関係ある者の仕業というわけだな……)
放たれた雰囲気に、すぐさま直感が働くドラゴニルである。
フェイダン公爵家はドラゴンと人間の姫との間から発生した一族である。そのために、敵というものは人間以外にも存在しているという事になる。
一族と関係があるものとはいっても、その数は膨大になるために、結局のところがドラゴニルでもその対象を絞り込めていないのだった。
ただ、最近の動向を見る限りは、魔物を使った襲撃が続いているのが現状だ。つまり、魔物使いの存在が疑われる事だけが分かっているのだ。
そんな中、宝珠という物的証拠がもたらされた。ドラゴニルはこれは好機と見ている。
宝珠というものについてドラゴニルが知っている事は、大体次の通りだ。
その多くはドラゴンの一族が持つ宝石とされており、先日の魔力検定で使った水晶玉も定義からすれば宝珠の一種とみなされる。
ただ、ドラゴンが持っている宝石が元であるために、その秘めたる能力をすべて知る者は、現時点では一人も居ないとされている。そのくらいには神秘的で忘れ去られた部分が多いのである。
もちろんだが、ドラゴニルだってそのすべてを知るわけではないのだ。
ところがだ。
今回の宝珠はドラゴニルの力に対して反発する反応を見せたのだ。これは、どういう事か。
簡単な話、この宝珠はドラゴニルたちフェイダン公爵家の始祖たるドラゴンと敵対的なドラゴンが有していたものと見る事ができるのである。そうなれば、該当する存在の数はかなり絞られるというわけである。
「砕けてなお、この我の力に逆らおうというのか……。その意志くらいは買ってやろう。だが、いつまでその強情な態度がもつか楽しみだな」
割れた宝珠をギラリと睨むドラゴニル。その瞬間、気のせいか宝珠がぶるりと震えたような感じがしたのである。
「……どれ、我がこいつの分析のために一肌脱いでやろう」
「えっ、本当ですか?!」
「た、助かります」
ドラゴニルの申し出に感謝する文官たちである。
「もちろんだとも。くくく……、誰がやらかしてくれたか判明するまで、我から逃げられると思うなよ?」
「ひっ!」
ドラゴニルの表情と声に文官たちは震え上がった。
「ふん、我が大切な伴……いや、娘に危害を加えようとしたのだ。地の果てまでも追い詰めて絶望に叩き落とさねば気が済まぬであろう?」
ドラゴニルから向けられた表情に、文官たちは声にならない悲鳴を上げている。
ところが、このドラゴニルの言葉、実は文官たちに向けていった言葉ではない。実は、この言葉はドラゴニルが今手に持っている宝珠とその背景に居る敵対者に対して向けられたものである。そのくらいにドラゴニルはご立腹なのだ。
こうして、ドラゴニルも加えた上で、宝珠の解明作業が再開する。
宝珠の残留魔力によって妨害されて困り果てていたのが嘘のように、宝珠に対する分析作業は順調に進んでいく。宝珠はドラゴニルが登場した事で抵抗を諦めたのだ。こうなれば、近いうちに分析結果が出るものだと思われる。
一体この宝珠は何者の手によって持ち込まれたのだろうか。そして、一連の事件の背後に居る者は一体誰なのか。
フェイダン公爵家の周りで見え隠れする不審な影。その正体が判明する日も近いだろう。
それにしても、時を経てもこんな事をされるとは、ドラゴニルの先祖は一体どんな形で敵を作っていったのだろうか。謎は尽きる事がないのである。
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