第90話 魔力の使い方

 翌日、午後の授業が始まったのだが、どういうわけが座学の時間だというのに後方支援型の面々と一緒に訓練場へと集められていた。

 教師陣が全員揃っている状態に加え、どういうわけかドラゴニルまで同席している始末である。なんで居るんだよ。

 そのドラゴニルは両腕を組んで堂々と立っており、俺たちを見ながらにやにやと嬉しそうな顔をしていた。やめろ、気持ち悪いぞ。

 ドラゴニルに気を取られがちだが、ちらりとマキュリに顔を向けると、ドラゴニルに対して鋭い視線を送っていた。フリードも同じような感じだし、よっぽどドラゴニルと因縁があるものと思われる。

 まあ、ドラゴニルの奴は相変わらずの我が道を行くような奴だから、それなりに敵を作っていてもおかしくはないだろうな。

 騒めく学生たちを前にして、マキュリが一歩前に出てくる。


「本日の午後は予定を変更して、特別講師を招いての魔法の授業を行う。講師はここに居るドラゴニル・フェイダン公爵だ」


 マキュリの紹介を受けて、学生たちがざわざわと騒ぎ始める。だが、マキュリが咳払いをすると、学生たちは一瞬で黙り込んだ。さすがに現役騎士の迫力は違うってもんだ。


「このドラゴニル・フェイダン公爵は、以前は騎士団に所属していて、私やそこのフリードとは同期になる。だが、その話は個人的には避けてもらいたい。要らぬ事を思い出してしまいますからね」


 露骨に顔を背けながら話すマキュリ。それだけでドラゴニルとの間のただならぬ因縁を感じてしまう俺だった。


 いろいろと思うところはあるものの、授業が無事に始まった。

 まずは実演とばかりに、ドラゴニルが魔法を使う事になった。

 気合いを入れるためにぐるぐると肩を回すドラゴニル。その姿はどこか楽しそうにしている。怖いくらいの笑顔だった。


「よし、小僧と小娘。今から我が魔法を使うから、その目をよく開いて見ておけ」


 的に向かって直立するドラゴニル。

 次の瞬間、ドラゴニルは微動だにしていないというのに、突如として的が燃え上がった。あまりに突然の事に、誰もその現象に理解が追いつかなかった。一体何をしたっていうんだよ。

 俺が周りを見ると、理解できていたのは一人を除いて誰も居なかった。


「まったく、相変わらずめちゃくちゃな男ね……」


 そう、理解できていたのはマキュリただ一人だった。さすがは魔法に長けている教師といったところだ。俺にはさっぱり分からない。


「一応、今のを説明しようか」


 マキュリによる解説が唐突に始まる。

 それによれば、ドラゴニルの魔法の発動は指を擦り合わせるのが合図になっているらしい。騎士時代は指を鳴らしていたのだとか。

 今のドラゴニルはズボンのポケットに手を突っ込んでいたので、魔法を使うタイミングを誰にも見られなかったというわけなのだ。やりたい放題じゃねえか。

 だが、マキュリの説明によれば、魔法を使うタイミングを悟られないというのは、戦いにおいては重要なのだという。魔法を使う事を悟られるというのは、発動の瞬間を潰されかねない。なので、それを分からなくするというのは、相手に隙を見せない事に繋がるので、有利に進められるというわけだ。


「だが、こんな事ができるのは、現在の騎士団の中では元も含めてドラゴニルくらいです。みなさんは真似をしなくてもいいですからね。無理のないように自分に合ったスタイルを見つけるのです」


 マキュリの説明が終わると、訓練場の中がしんと静まり返った。


「それじゃ、今から呼ぶ奴はこっちに来てくれ。呼んだ奴は私と訓練を行う。ジーク、お前は手を出すなよ」


「なんで、俺にわざわざ言うんだよ、フリード」


 名指しで待機命令を出されたジークが不機嫌そうにしている。学生たちの間で笑いが起きたものだから、ジークはさらにへそを曲げたようだった。

 教師同士のよく分からないやり取りを見た後、フリードは名前を呼ぶ。やっぱりというか、俺の名前もフリードの呼んだ中にあった。


「君たちは魔力が乏しい側だ。体の外に放出するタイプの魔法を使うには向かないが、何もそれだけが魔法とは限らない」


 魔力が乏しいと判断された学生を前に、フリードの説明が始まった。

 それによると、体の外に魔力を放出するのが苦手なだけであるらしい。


「ここから先は実際に見せた方がいいでしょう」


 そう言いながら、フリードは人に見立てた丸太の前に立つ。


「はあっ!」


 木剣を振るい、丸太を斬る。だが、木剣は虚しく丸太に弾かれてしまった。当然の結果である。


「それでは、ここで魔力を使ってみよう」


 フリードはそう言うと、少し気合いを入れていた。そして、再び丸太に向けて木剣を振るう。

 するとどうだろうか。今度は木剣で丸太が斬れてしまったではないか。真っ二つとはまではいかないものの、表面に深い溝が刻み込まれたのである。


「とまあ、こんな感じですね」


 学生たちはどういう事なのか分からない感じだった。なんでちょっと気合いを入れただけでこうなるのか、理解できないのだ。

 そんな中、俺だけはこれがどういう事か分かった。魔力による身体強化だ。ただ、筋力を強めただけではなく、手を通して木剣にもその強化の影響が及んでいた。だからこそ、剣が折れる事なく丸太を斬ってしまえたのだ。

 これを見た俺は、興奮を覚えた。

 絶対この技術を身に付けてやると。


 強い高揚感に包まれ、俺たちの騎士学園の後半は本格的に始まったのだった。

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