第79話 スライムの群れ
目の前には気持ち悪いほどのスライムがうごめいている。スライムどもはじわじわと湖から上がってきている。
どう考えてみたところで、湖に生息していたとは思えない。分裂で増えていくスライムは、分裂の瞬間にかなり弱まってしまう。そのために、水中では間違いなく水に溶けて死んでしまうのだ。
そうなると、こいつは別の場所で数を増やして、しばらく水中で息を潜めていたという事になる。単純な魔物であるスライムに、そんな芸当ができるわけがなかった。
だが、今はそんな事を考えている場合じゃねえ。辺りをスライムが覆い始める。一部の学生はそのあまりの気持ち悪さから、すでに戦意を喪失してしまっている。このままではスライムに飲まれてしまう。
ナリザスの魔法がスライムを焼いていくが、目の前のスライムの数を見れば分かる通り、はっきり言って無意味なくらい効果がない。下手に攻撃をしようものなら、それを利用して増えてしまう。
スライムを倒すには、魔法を浴びせて核ごと体を焼いてしまうか、的確に核を破壊するしかない。まったくどうしたものだろうか。
「アリスさん、ここはわたくしの出番ですわね」
突如、声を上げるブレアに俺は驚く。
「ドラゴンの力を使えば、こいつらなんてのは大した事ないはずですわ。ドラゴニル様との特訓で、だいぶ扱えるようになりましたもの。今こそ、その成果を見せる時だと思いますわ」
ブレアはそう言うものの、表情を見る限り、戦いたくて仕方がないという風にしか見えなかった。この状況で笑ってやがるんだからな。ドラゴンってやっぱり戦いが好きなのか?
俺がそんな事を思っている間に、ブレアはスライム目がけて突進を仕掛けていた。
「ふふん、だったら、あたしも大暴れしてやろうかな!」
「ちょっとソニアさん! ちゃんと核を壊して下さいね!」
「分かってるって!」
ブレアに触発されたのか、ソニアまでもスライムに向けて突撃していった。とっさに俺がスライムの対処法を伝えると、ソニアは返事をしていた。だが、本当に分かっているのかはとても疑わしかった。
「セリスさんはここでみなさんと待まってて下さい。私も戦ってきますので」
「え、ええ。分かりました」
俺はセリスが震えているのを見て、声を掛ける。すると、セリスはおとなしくそれに従ったのだった。
俺が参戦した頃には、すでにブレアとソニアが大暴れだった。男子学生も数人がスライムを斬っているものの、攻撃が中途半端で何回かに1回はスライムを分裂させてしまっていた。
スライムを倒すには的確に核を破壊しなければならない。その上、体は物理攻撃が通りにくいから、相当な力がないと核を傷付けるまでも至らない。そうするとあの通りに分裂を許してしまうというわけだ。
それでも、さすがは前線型のパワータイプ。タイミングさえ合えばきっちりと核を破壊できていた。
「さあ、魔物たちよ。わたくしの剣の錆となりなさいな!」
ブレアはざくざくとスライムを斬っていた。まるで物理耐性などないかのような見事な斬撃である。しかもドラゴンの力を発動させているらしく、斬ると同時にスライムの体は崩れ去ってしまっていた。
ソニアだって負けてはいない。ソニアの力ではさすがに一撃で攻撃を通す事はできなかったが、素早さがあるおかげで、分裂の瞬間のもろいところを見事に仕留めていた。そういう手もありなんだな。
教師陣ではフリードだって負けていない。さすがの経験者とあってか、スライムの弱点を的確に潰していっていた。
それだというのに、スライムはまったく減りやしない。どこにこれだけの数を隠してたっていうんだよ。
「フリード教官、キリがありませんね」
「ああ、まったくだな。いい経験になるとはいえ、この数相手はさすがに骨が折れるばかりだ」
さすがのフリードも愚痴を漏らすレベルのスライムの数だった。
俺だって魔物を滅する力を発動しているものの、それが追いつかないくらいにスライムはどんどんと湖から姿を現していた。まったく、訳が分からないぜ。
スライムを斬りまくる俺は、突如として変な感覚に襲われた。
(なんだ、今の妙な感覚は……)
俺は湖の方を見る。
「どうした、アリス・フェイダン」
フリードはスライムを討伐しながら俺に声を掛けてくる。だが、俺はそれに答える事はできなかった。なんとも言えない気持ち悪さを感じたからだ。
次の瞬間、俺は湖へ向けて走り出していた。俺の感じた何かが、湖の中にあると直感が告げているのだ。
「おい、アリス・フェイダン。死ぬ気か?!」
フリードが大きな声で俺を呼び止めようとするが、俺は一切振り返らない。何かに導かれるように湖へと突進していく。
それを妨害するかのように大量のスライムが行く手に立ちふさがるが、
「邪魔だ、どけえっ!」
俺がそう叫ぶと、スライムたちはまるで蒸発するかのように溶けて消えてしまった。その光景には、さすがのフリードも驚きを隠せなかった。
そして、俺はそのまま湖へと飛び込み、姿を消してしまったのだった。
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