第78話 不穏な空気
学園長の指摘で大いに反省した俺たち。それからはちゃんと見張り役を残してから離れるようになった。
それから数日間は粛々と野外実習は続けられた。全員騎士を目指す気持ちは本物らしいので、誰一人として脱落する事なくついてきているようで、教師陣も満足そうな顔をしている。
日にちが進むにつれて、実習の内容は少しずつ厳しくなっていった。
―――
さて、学園長がやって来た2日目の事だった。
訓練に関してジークとナリザスの二人に任せたフリードが、学園長に話し掛けていた。
「学園長、わざわざご足労、誠にありがとうございます。その上、実に失態をお見せしてしまうとは、このフリード一生の不覚でございます」
フリードは学園長の前で深く頭を下げていた。
そのフリードを見ながら、学園長は顎を触りながらしばらく無言で立っていた。
「被害がなかったからよかったが、フリードがそれでは困りものよな」
「……まったく仰る通りで、ございます……」
学園長に咎められたフリードは、しばらく頭を上げられずにいた。
学園長はゆっくりとフリードへ近付いていく。
「さて、わしがここへ来た理由だが、しっかりとした目的があっての事だ。荷物の見張りはたまたまなのだよ」
「と、申しますと?」
学園長の言葉に、フリードは驚いて頭を上げる。
その時の学園長の表情はとても重苦しい雰囲気をまとっていて、フリードはつい息を飲んでしまう。
「フリードたちが野外実習に出た直後の事なんだがな、学園にドラゴニルがやって来たんだ。どうやら、この辺り一帯で不穏な空気を感じるといった感じだったな」
「なんと、それは本当なのですか?」
「はっきりとした事は言えないが、あのドラゴニルがそう言うのだから、間違いはないだろう。だが、当の本人はやって来るつもりがないらしい」
驚きを隠せないフリードに、学園長は淡々と説明を続けている。
「なぜに、ドラゴニル公爵は来ないと言っておられるのですか!?」
「娘がこの場に居るからじゃろうな。能力を磨くにはちょうどいいとか言いながら、あやつは領地に戻っていきおったからな」
「……」
ドラゴニルの態度を聞いたフリードは、思わず言葉を失ってしまった。
とはいえども、空気を感じるとかいう曖昧なものであるがために、ドラゴニルは放置したとも考えられる。こればかりは、現段階では何とも言えないのである。
しかしながら、あのドラゴニルがそう言ったとなれば、学園側としては警戒せざるを得ないのだ。そのくらいにドラゴニルは影響力を持っているのである。
「しかしまぁ、そんな曖昧な状態では困りますね」
「なあに、常に周囲を警戒しておくというのは、騎士にとっては基本的な事だ。学生諸君はそうはいかないだろうが、フリード、お前たちは常に周りに気を配っておれ」
「はっ、承知致しました」
学園長の言葉に、フリードは背筋を伸ばして敬礼しながら返事をしていた。
―――
実は、内容が厳しくなっていった裏にはこんな事があった模様。
しかし、気が付けば野外実習も明日が最終日だ。このまま何もなく終われればいいのだが……。教師陣はどことなく祈るような気持だった。
ところがだ、そんな気持ちもあっさりと打ち砕かれてしまう。
俺とブレアは、その日の昼食中に異変を感じた。
「どうしました?」
一緒の班で行動するセリスが、俺たちの様子を見て声を掛けてくる。さすがに急に顔を上げてよそ見をすれば気になってしまうものだ。
「……来る!」
「うん? 一体何が来るんだ?」
ブレアが小さく叫ぶと、ソニアは不思議そうな表情で尋ねてくる。
だが、俺とブレアはそれに答える事なく、傍らに置いておいた剣を手に取っている。その行動には、セリスとソニアも異変を感じたようだった。
「フリード教官、ジーク教官、ナリザス教官! 魔物が、来ます!」
次の瞬間、俺はそう叫んでいた。俺が持つ魔物を滅する力が、強く反応しているのだ。こればかりは間違いがない。
俺の声にフリードたちは構えを取りながらも、どこか信じられないといった感じだった。
「アリス・フェイダン、どちらからだ!」
フリードが立ち上がって、大声で俺に問い掛けてくる。
「湖の中からです!」
俺が大声で答えると、全員の視線が湖に集まる。しかし、何も姿を見せない。それでも奇妙な気配は消えていないがために、俺たちの警戒は解けない。
だが、次の瞬間だった。
「湖から離れて下さいませ! スライムですわ!」
ブレアが大声で叫ぶ。
すると、確かに湖から何やら透明な物体がもぞもぞと這い出てきていたのだった。あまりの不気味さに、学生の一部が悲鳴を上げていた。ほとんどが男だというのにこの有り様である。
「ナリザス!」
「任せてくれ」
フリードの声に後方支援型のナリザスが動く。
「火の玉よ!」
ナリザスが叫ぶと、スライム目がけて火の玉が飛んでいく。スライムに命中すると、火の玉はスライムを包み込んで消滅させてしまった。
「スライムとは厄介だな。攻撃手段は乏しいとはいえど、物理攻撃がほとんど通じやしねえ! 俺は苦手なんだよ!」
脳筋なタイプのジークは苦虫を嚙み潰したような表情をしている。
突如として出現したスライムの群れ。なぜ、この森には居ないはずのスライムが大量に現れたのだろうか。疑問に思うところだが、俺たちはこいつらを無事に倒し切る事ができるのだろうか。今はそちらの方が問題だった。
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