第75話 心を抉る一撃

 ガサガサと音がして、ウルフが姿を現す。


「ぐるるるる……」


 現れたウルフどもは、俺たちを睨み付けながら、じりじりと寄ってくる。

 まったく、ちょこっと刺激しただけだっていうのに、思ったよりも殺気立ってしまっていた。

 このウルフたちの様子に、半分くらいの学生は完全に腰が引けてしまっていた。まあ大概の連中は初めての実戦だろうから、こうなるのも無理はないだろうな。まったく、そんなのでよく騎士を目指す学園に入ってこれたもんだぜ。

 ジークとソニアの二人は武器を構えている。表情は対照的で、慎重な表情のソニアに比べて、ジークは戦いたくてうずうずしているのが分かるくらい目が開き切ってんだが……。こいつ、騎士だよな?

 俺はジークの表情に本気で引いていた。騎士というよりはどこかのならず者のような表情だもんな。こいつに教えてもらって、俺たち本当に大丈夫なのか、かなり心配になってきた。


「俺が見本を見せてやるから、お前らもウルフと戦うんだ。いいか、怖気づくな。倒すか倒されるかなんだからな!」


 ジークはそう言ってウルフに向かって走っていく。その動きに対してウルフも対処をするが、


「雑魚が、遅いっ!」


「きゃいん!」


 跳んで避けようとしたものの、哀れ、ジークの剣によって真っ二つに斬り裂かれてしまった。あの体勢でしっかりウルフを捉えて斬れるあたり、さすがは騎士といった感じだ。


「さあ、お前らもやってみろ!」


 ジークは真っすぐ立ち上がると、肩に剣をポンポンと当てながら俺たちに声を掛けてくる。周りにはまだウルフが居るっていうのに、大した余裕だぜ。

 しかし、困った事に誰も動こうとしない。これには困ったものである。まったく、これは先が思いやられると思うぜ。

 そう思った瞬間、俺の横からすっと飛び出す影があった。ソニアである。


「だらしないなぁ。だったら、あたしが行くよ!」


 勢いよく飛び出していくソニアだが、いくらウルフとはいえ、そんな無防備に飛び出していっていいのだろうか。


「はああっ!」


 ソニアはウルフの目の前まで進むと剣を振る。だが、いくらなんでも攻撃のタイミングが遅すぎる。

 当然のようにウルフに躱されてしまった上に、反撃を受けてしまう。


「ちっ!」


 思わず舌打ちをして俺も飛び出していく。


「ぎゃいん!!」


 ソニアに襲い掛かろうとしたウルフは、突然吹き飛ばされた。

 答えは単純。俺が剣で打ち払ったからだ。さすがに今回の事態は俺が引き起こしたからな。そのせいで誰かが死ぬとなったらさすがに寝ざめが悪くなっちまうぜ。


「大丈夫ですか?」


「ええ、平気よ。助かったわ」


 俺の問い掛けに、素直に礼を言ってくるソニア。強気な感じだったから突っぱねてくるかと思ったが、意外と素直だったな。


「さて、ここからは私が相手よ。いらっしゃい、わんちゃんたち!」


 ウルフを犬呼ばわりする俺。言葉は分からなくてもバカにされたのが分かったのか、ウルフが俺目がけて襲い掛かってくる。だが、その数は3匹か。大した事ないな。

 剣を構えた俺は、十分にウルフを引き付ける。

 次の瞬間、ウルフはすべて真っ二つに斬り裂かれていた。すぐそこに居たソニアですら、何が起こったか分からないといった表情だった。


「うふふ、動き足りませんね。……もっと寄こして下さいな」


 俺はウルフを挑発している。だが、ウルフは完全に怖気づいていた。俺に向かってくるどころか、逆に逃げ出そうとしていた。

 はっ、逃がすかってんだよ!


「おとなしく、私たちのご飯となりなさい!」


 俺は逃げようとするウルフたちを、確実に一匹ずつ討ち取っていた。

 ずるずるとウルフの死骸を持ってみんなのところに戻った俺は、ソニアたちに声を掛ける。


「さあ、さっさと解体してしまいましょうか」


 返り血が付いた状態でにこりと微笑む俺に、学生たちは青ざめた表情で震え上がっていた。

 だが、自分の状態が分からない俺は、その反応に不満げな顔をする。せっかく魔物を全部ぶっ倒してやったのに、何なんだよ、その反応はよ。


「アリスさん、その姿では怖がられて当然よ」


「なんですって、ソニアさん」


 ソニアの言葉に怒りを覚える俺。


「いや、ソニアの言う通りだな。お前は今自分がどんな姿か確認した方がいい」


「えっ?」


 ジークにまでこう言われて、俺は自分の体を確認する。すると、あちこちにウルフの返り血を浴びていたのだ。

 ああ、なるほど。これなら怖がられる。納得するに十分だった。


「それにだ。ウルフを追いかける時のお前の表情も原因だな。俺も散々フリードたちから言われてきた事だが、もの凄い怖い顔をして追っかけてたからな。こう、口の端っこがつり上がった笑顔だったからな」


 俺がしていたという顔の真似をするジーク。その顔を見せられた時、俺はものすごくショックを受けた。そんな顔してたのかよ俺。

 まるでグリフォンなどを相手にしていた時のドラゴニルの顔じゃねえか……。ドラゴニルと同じ表情という事が、今の俺にとって一番のダメージだった。

 あいつみたいになりたくないと思っていたのに、まさかここまで影響されていようとは……。俺はソニアとジークの前で両手を地面について本気で落ち込んだ。


 こうして、数食分の食糧を手に入れたのはいいが、心に深い傷を負った俺なのだった。……ちくしょう。

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