第74話 森の中で

 王都の近くにこんな広い森と大きな湖があるとは思ってみなかった。男だった時の地理に関しては完全にうろ覚えだったので、まったく記憶にない場所だった。湖は向こう岸が見えないくらいでかい。


「きれいですわね」


 ブレアが素直な感想を漏らしていた。

 これは俺も思った。湖面には陽の光が反射していてキラキラと輝いている。風もほとんどないので、見るものすべてが穏やかだ。

 今日から6日間、ここで野営をして過ごす事になる。しかも食料も現地調達だ。魔物を倒したり採集したりして食料を自分たちで集めなければならない。貴族子女にとっては実に本格的な試練だろう。

 俺は男だった時の経験をある程度覚えているのでどうとでもなるが、それ以外の面々ははっきり言って未知数だからな。事前に授業を受けているとはいえ、はてさて、この合宿どうなるんだろうな。

 俺たちは湖畔に天幕を張り始める。ちなみにだが、今回は安全な場所という事で全員が徒歩であり、荷物を載せた台車を人力で押してきていた。坂もないから問題なく運んでこれたのだが、運搬に携わった学生は汗だくになっていた。

 この半年間は基本を徹底的にやって来たからな。

 ちなみに後半の半年間では馬術や魔法といった授業が始まるらしい。俺には魔法の素養はないせいか、馬術にはとても興味がある。ドラゴニルですら乗りこなしてたからな。あいつには負けられないぜ。

 さて、到着して野営の設営を終えると、俺たちは役割を分担する事になる。

 ひとつは魔物を狩る班。またひとつは採集を行う班。そして、野営地を守る班という感じだ。それぞれに教師が一人ずつつく形で初日の実習が始まる。ちなみに俺たちは、俺とソニアとピエルが狩猟班、ブレアとセリスとマクスが待機班となった。採集班は主に後方支援のクラスの連中が充てられている。

 早速、俺たちは食料調達のために森の中へと入っていった。


 ―――


 その間、待機班となったブレアは、同じ待機班となったセリスから質問を受けていた。


「ブレアさん、ちょっとお聞きしてよろしいですか?」


「はい、何でしょうか、セリスさん」


「ブレアさんって魔法が使えるのですか?」


 セリスからの質問は、ブレアが魔法を使える事についての確認だった。

 さっき、森の中で遭遇したゴブリンに対して、ブレアが魔法を使っていたせいである。


「使えますわよ。とはいえども、使えるようになったのは去年の話ですけれど。ドラゴニル様の指導の下で、ここまで使えるようになりましたの」


 ブレアは質問に対して結構丁寧に答えていた。


「羨ましいですね。魔法が使えるというのは、それだけで貴族の中では優位に立てますから」


 セリスは本気で羨ましがっていた。

 魔法という能力は、それだけ特異性のある能力というわけである。

 ただ、魔法を使う上で必要な魔力というものは、この世界の誰しもが大なり小なり保有している。しかし、それが扱えるかどうかという事に関しては、こればかりは才能と言わざるを得ないのだ。

 とはいえども、魔法が使えるとはいってもブレアはそれを鼻にかける事もなく、セリスの質問に一つ一つ丁寧に答えていた。


「せっかくですし、警戒しながら少しご享受して差し上げましょう。とはいえども、私もまだまだ未熟ゆえにうまく教えられるかどうか分かりませんが」


「それでも構いません。ぜひお願いします」


 頬に指を添えながら悩むブレアに、セリスは本気で頭を下げていた。それほどまでに、セリスは魔法を覚えたいようである。この熱意に押されたブレアは、仕方なく自分の分かる範囲で魔法を教える事にしたのだった。


 ―――


 そんな事になっているとは知らず、俺たち狩猟班は森の中を移動している。本来ならウルフが居るはずなのだが、この日に限ってはまったく見当たらない。一応待機班の居る野営地には数日分の食糧は用意してあるので、まったく狩れなくても問題はないのだが、さすがにそれでは俺たちのメンツが許さないというものだった。


(ふう、できれば使いたくはなかったが、ちょっとばかり俺の能力でも使うとするかな)


 俺はそう考えて、歩きながらすうっと深呼吸をする。

 そして、力を入れて、自分の魔物を滅する力を発動させたのだ。


 実はこの能力。文字通り魔物を倒す事に特化した能力なのだが、使い方次第では魔物をおびき寄せる餌として使う事もできるのである。

 まあ、さすがに大量に呼び寄せるわけにもいかず、自分を中心とした極小範囲に絞って使ったんだがな。

 この辺の事はドラゴニルともいろいろ相談したもんだぜ。本当にあいつはいろんな事をよく知ってやがる。

 俺が力を使いながらいろいろと思い出していた。

 その次の瞬間、森の中にウルフの遠吠えが響き渡る。


「ウルフが来るぞ、各自警戒しろ!」


 そう叫ぶのはジークだ。戦いたがりの血気盛んな騎士だから、狩猟班について来たのだ。

 俺たちは一斉に、実戦用に与えられたショートソードを構える。


(さあ、どこからでもかかってきやがれ。ウルフどもよ!)


 狩猟班たちが緊張に包まれる中、俺一人だけが不敵に笑っているのだった。

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