第72話 穏やかな日々

 あれからというもの、ハーケンの取り巻きだった男子学生たちは、武術の授業中は俺たちに対して勝負を挑んでくるようになった。自分たちがついていたハーケンを一瞬で倒してしまうわけだから、単純に尊敬しているといったところだろうか。

 向上心は買ってやろうと思うので、授業中に挑んでくるのなら無下にしない事にした。来るなら来いってところだな。

 薄い金髪で真ん中分けのはねっ毛の方がピエル、暗い褐色の長い髪を後ろで結んでいる方がマクスという名前らしいが、まあどうでもいい事だな。この二人、俺やブレアはおろか、セリスやソニアにだって負けるくらいの強さなのだ。正直言って話にならなかった。それでも、何度負けてもへこたれないあたりは買ってやってもいいかな。


「だりゃあっ!」


「甘いですわね!」


 今日もピエルがブレアに勝負を挑んでいた。

 相変わらず簡単にブレアにあしらわれるピエルである。剣筋が素直すぎるし、振りが遅い。そりゃ簡単にブレアに防がれるというものだ。

 騎士というのは正々堂々とはいえども、それは時と場合による気もするんだがな。とはいえ、俺も男の時はかなり素直な剣筋だったと記憶してる。どうやって戦ってたかなんて、はっきり言って覚えちゃいないからな。いろんな魔物の討伐に一人で出向かされた記憶くらいしかありゃしないぜ。


「隙ありですよ! アリスさん」


 セリスの剣が俺目がけて襲い掛かる。

 おっと、そういえば俺も打ち合いの真っ最中だったな。忘れてたというか、ブレアの事を気にし過ぎていたぜ。


「うそっ、あんなに隙だらけでしたのに、これを止められてしまうの?!」


「声を掛けられたら気付きますよ」


 驚きの表情のセリスに、俺は淡々と答える。不意打ちが不名誉とはいえど、声を掛けたら普通はそうなるよな。なんでそんなに驚くのだろうか、不思議で仕方ないぜ。

 俺は止めたセリスの木剣を弾く。そして、一度バックステップから踏み込むと、鋭くセリスの肩口目がけて剣を振り下ろした。

 驚きのせいで対応が遅れたセリスは俺の剣を止められず、結局俺が寸止めで決着となってしまった。


「くっ、私の負けですね。さすがはフェイダン公爵家のアリスさん。私では相手になりませんね」


 悔しそうな表情をするセリス。しかし、悔しそうなのにすっきりとした感じを受けるので、俺としても複雑な気持ちだった。もうちょっとなにくそって感じになってくれないものだろうか。

 だが、そうは言いたいものの、どこかはばかられる。


「やはりこういうのは日々の努力のたまものです。セリスさんもきっと今よりも強くなれますよ」


 結局、こんな感じにやんわりとしかいう事はできなかった。うーん、これはさすがに甘いかな。

 だが、俺からそう言われたセリスは、どういうわけかやる気を出していたようだった。どうやら、こちらの方が正解だったようだ。うーむよく分からないな。

 セリスとの打ち合いが終わると、今度はソニアが俺に勝負を挑んできた。

 だけど、ソニアもあっさり俺に負けてしまった。騎士を目指すとはいっても、ソニアの方はセリスよりも変化を取り入れた攻撃を仕掛けてきていた。今日まで見てきた感じ、ソニアはどことなく捻くれている感じだもんな。

 本人からすれば虚を突いたつもりなのだろうが、そんな小細工は俺には通用しなかった。


「あーもう、今回もダメだったか!」


 俺に打ち伏せられて、ソニアは地面に座り込んで騒いでいた。


「かなり奇妙な動きをしていましたけれど、私には通用しませんよ。これでも魔物との交戦経験がありますから、多少の事では私に通用するとは思わない事です」


「あっ、実戦経験ありなのか。まじかー……」


 俺が言うと、ソニアは恨めしそうに俺を見ていた。なんでそうなるんだよ。


「あのですね。私だって魔物と戦いたくて戦ったわけじゃないんです。どういうわけか私の向かうところに魔物が出てくるんですよ。やむを得ずです、やむを得ず」


 俺は両手の腰に手を当てながら、ため息を吐きながら言葉を漏らす。だが、それでもソニアは羨ましそうに俺を見てくる。

 ……ソニアってばお嬢様だよな?

 この反応は甚だ対応に困るものだった。とはいえ、騎士の学園に入ってくる点で、ただのお嬢様なわけないか。俺はそう思う事にした。


 一方のブレアの方は、ピエルとマクスの二人を相手に打ち合いをしていた。いつの間に二人揃ってたんだ。

 だが、さすがは俺のとこの騎士団で経験を積んだだけあってか、2対1という状況でもちゃんと対応している。

 つまり、俺に敵わないブレアに敵わないという事は、二人の実力は大した事ないという事になってしまう。でも、それは逆に伸びしろはまだまだあるという事だから、まあ成長が楽しみといえば楽しみなものだった。


 こんな感じに思ったよりも平和で楽しい学園生活になってくれていた。

 学生たちはみんな俺やブレアより弱いものだから鍛えがいがあるし、教師たちは俺よりも強いもんだから、俺の向上心も保ち続けられる。実にいい環境だ。

 だが、忘れちゃいけないのは、ここが騎士を養成する学園だという事だ。

 おそらく節目は、半年後の野外実習。それまではこのぬるま湯の環境を堪能させてもらうとするかな。

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