第71話 食堂での騒ぎ
「ああ、もう。また負けてしまいました!」
昼休み、俺の悔しそうな声が食堂に響き渡っていた。
俺が叫ぶのは無理もない話だ。ジークにまたもいいようにあしらわれて負けたのだから。
「アリスさん、悔しいのは分かりますけれど、叫ぶのは場所を考えた方がよろしいと思いますわ」
ブレアが窘めてくる。その言葉を聞いた俺が周りを確認すると、他の学生たちからものの見事に注目をされてしまっていたのだ。うん、自重しよう。
あまりに注目を集めてしまったので、俺はもう喋る事なくパクパクと食事を食べていた。そんな俺を見ながらブレアは苦笑いをしていた。セリスとソニアにいたっては困った顔をしていた。うん、悪かった。
食事をおとなしく食べている俺たちのところへやって来る人物が居た。
「見つけたぞ。バカ力め」
さっきの授業中に因縁を吹っかけてきて、ブレアにものの見事に一撃で沈められたハーケンとかいう生意気な男子学生だった。
女性に声を掛けるにあたって、さすがにその単語はないんじゃないのかな。
「わたくしの一撃で気を失うようなお方が、言う事欠いて侮辱的な発言ですか。貴族の、そして騎士にもふさわしくない言動ですわね」
ブレアはまったく動じていなかった。それどころか冷静にハーケンに言い返していたのだった。これにはセリスとソニアもうんうんと腕を組んで頷いていた。
「う、うるさい! お前みたいな乱暴な令嬢に、嫁ぎ先などあると思うなよ!」
まったくもって話にならないな。ドラゴニルも女の時には苦労したって言ってたもんな。男尊女卑ってんだっけか、女性を見下しているような貴族は多いらしいが、なるほどな……。
だが、さすがにブレアへの侮辱が積み重なってくると、俺も黙ってはいられないな。俺の友人をこれ以上悪く言うのは、見過ごせねえ。
「ハーケンと言いましたわね。さすがにこれ以上は、いえ、最初から聞き捨てなりませんね」
俺は椅子から立ち上がって、ハーケンをぎろりと睨み付けた。
「な、なんだよ。や、やろうってのか?」
女性である俺からの睨みでそこまで怯むとは、本当にこいつは大した事はないな。
「いいえ。騎士を目指す者、むやみやたらと力を振るうものではありません。ですので、私がすべき事はあなたを断罪する事ではなく……、しかるべきところへお伝えする事ですかね、フリード教官」
俺がそう告げると、ハーケンは慌てたように後ろを振り返る。するとそこには、なんとフリードが立っていたのだ。これにはハーケンは慌てて逃げ出そうとしていた。
ところがだ、あえなく首根っこをフリードに掴まえられてしまっていた。
「一部始終を見させて頂きましたが、なかなかに見過ごせないものでしたね。今回はハーケン一人だけで済ませますが、取り巻きの二人もついて来られますか?」
フリードが睨みを聞かせてハーケンの横に侍っていた二人に視線を向けると、その二人はふるふると首を横に振っていた。さすがに何かを感じたのだろう。取り巻きたちはハーケンを見捨てたのだ。
その後、食堂にハーケンの恨めしそうな声が響いていたのだが、もはや誰もそれに反応する事なく黙々と食事を再開していたのだった。
食事を終えると、俺たちのところにさっきのハーケンの取り巻き二人がやって来た。
何か仕掛けてくるかと思って身構えた俺たちだったが、取り巻き二人は頭を深々と下げてきた。
「すまなかった」
飛び出す謝罪の言葉に、俺たちは思いっきり面食らってしまう。あのハーケンの取り巻きだけに警戒していたのだが、思いの外こちらは良識があるような感じだった。
「ハーケン様は俺たちが止めなければならなかったんだが、止められなかった事は本当に申し訳ない」
聞けば、食事中に俺たちを見つけたハーケンが因縁を吹っかけようとしたのを必死に止めたらしい。だが、ハーケンの睨みにビビってしまい止める事ができなかったらしいのだ。なるほどなぁ。
さらに事情を聞くと、ハーケンは伯爵家、取り巻きの二人は男爵家らしく、権力的に勝てなかったというわけだった。
この辺は平民出身の俺にはよく分からない事だな。ドラゴニルが当主を務めるフェイダン公爵家がかなり偉いくらいしか分からねえ。
とりあえずはよく分からないが、俺たちは二人の謝罪はきちんと受け入れておいた。頭を下げてまでいるんだから、そこまで問題にする必要はないだろう。
ブレアたちも同じような考えらしく、二人には自分たちの胸三寸で済ませるとか言っていた。……胸三寸ってなんだ?
こうして、トラブルも丸く収まった事で、午後の座学の授業へ向かう俺たち。
俺たちに絡んできたハーケンも居なくなった事で、実に静かな授業だった。
そのハーケンは、その日を境に学園から姿を消した。どうなったのか気になったのでフリードたちに確認してみたが、どうやらハーケンは退学にはなっておらず特別授業を受けているという。だが、それ以上の詳細を聞く事はできなかった。……よっぽど教師陣の目にも余ったんだな、ありゃ。
そういった一件があった事で、俺たちに突っ掛かってくる学生は居なくなったのだが、それはそれでどこか物足りなく感じてしまう俺なのだった。
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