第70話 血気盛んなお年頃

 授業が本格的に始まってから10日くらい経った頃、ついに単純な訓練の繰り返しに音を上げる者が出てきた。


「だーっ、つまらねえ! 実戦が早くやりてえもんだぜ。いつまでもこんな丸太相手に剣を振るっていられるかってんだ!」


 丸刈りの男子学生が、大声で不満をぶちまけていた。

 血気盛んなのはいいが、こういった日々の積み重ねを怠るようでは困るというもの。

 この俺だって、今もそうだが、男だった頃にも訓練は欠かした事はなかった。基本的な事がきっちりとできているからこそ、多少なりと無茶をできるというものだ。

 こういうわがままを言えるのもまだ子どもな貴族だからかなと、俺は実に冷ややかな目で見ていた。

 ところがだ、いつ何が起こるのかというのは、本当に分からないものだった。


「フリード教官、あいつと勝負をさせて下さい!」


 何を思ったか、その男子学生は俺に木剣を向けながらフリードに大声で主張していたのだ。まったく、何を考えてるんだよ、こいつは……。

 だが、さすがにフリードはいい顔をしなかった。貴族として、そして何より騎士としてあるまじき行為だと感じたからだ。


「ハーケンくん、その態度はどうかと思いますが、勝負の件は認めましょう」


 フリードの反応に、俺は心の中でツッコミを入れる。止めねえのかよと。

 俺が呆れたように立っていると、ハーケンと呼ばれた男子学生は俺の事をじっと睨みつけてきた。

 こいつ、俺が公爵令嬢だからという一点で睨みつけてきてんじゃないだろうな。

 お前だって見ただろうが、養父であるドラゴニルの姿を。あれを見ても俺が場違いな人物だというのかと。そう突っ込みたくなってくる。

 だが、俺は一応公爵令嬢であり、騎士を目指す身だ。乱暴な言葉は突っ込みたい気持ちと一緒にごくりと飲み込んだ。

 とにかく売られたけんかだ。受けて立ってやろうじゃないか。

 そう思って俺がハーケンに向かって歩き出した時だった。それを遮る一つの影があった。


「聞き捨てなりませんわね。アリスさんの事を甘く見ているようでは、騎士としては未熟すぎますわ」


 そう、ブレアだった。

 どうやらブレアは、その男子学生が俺の事をバカにしているように感じて、どうにも我慢できずに出てきたようなのだ。

 なにせ俺とブレアは結構一緒にフェイダン公爵邸で打ち合ってきているからな。お互いの実力をよく知る仲なのだからこうなるというわけだった。


「はっ、女。しゃしゃり出てくるんじゃねえよ。俺はそいつに用があるんだ。関係ない奴は引っ込んでな!」


 威張りちらすようなハーケンの態度に、ブレアの堪忍袋の緒が切れた。いや、ドラゴンの血を引くから逆鱗に触れたと言った方がいいか。

 とにかく、ブレアからあふれんばかりの闘気が放たれている。


「フリード教官、ちょっとこの怖いもの知らずを懲らしめてもよろしいかしら」


「まあいいでしょう」


 あっさりとフリード教官の許可が下りる。

 フリードに頭を下げたブレア。顔は笑顔だが、確実に怒り心頭の状態である。そのブレアの様子を見ながら、俺はやり過ぎないかという心配ばかりになってしまっていた。もはやハーケンの事は、けんかを吹っかけてきた無礼者ではなく、ぼこぼこにされるだけの可哀想な奴という位置づけになっていた。

 そんな俺の心中に構う事なく、フリードはハーケンとブレアの戦いをあっさり許可してしまった。


「ふん、お前なんて奴さっさと倒して、そっちの女も懲らしめてやるんだ」


 訳の分からない理論だ。俺たちはハーケンに何かをしたというわけではない。はっきり言ってしまえば、イライラに対する八つ当たりである。まったく、そんな事でけんかを吹っかけてくるんじゃねえよな。

 あまりのくだらなさに俺がため息を吐くと、ハーケンはさらに頭に血をのぼらせていたようだった。


 結果、一瞬でブレアがハーケンをのしていた。

 冷静さを失った奴の攻撃など、フェイダン公爵家で騎士の訓練に参加していたブレアにとっては止まって見えるのだ。振り下ろされた瞬間に横へ軽く跳んで、空振りでがら空きの背中に軽く一撃を入れたのである。

 実にあっけない幕切れで、他の学生たちも静まり返っている。さすがに打ち合いをした経験のあるセリスとソニアはうんうんと頷いていた。


「そうだな。今日はこのまま学生同士で打ち合い稽古と行きましょうか」


 フリードが突然そんな事を言う。そして、こうなると喜ぶ奴が出てくる。……教師から。


「よっしゃーっ! お前たち、俺も加わってやるから、かかって来いや!」


 言わずもがなジークである。まったく、血気盛んがすぎるというものである。よくこんな性格で騎士が務まるものである。まるで突撃兵じゃないか。

 当然ながら、そんなジークは学生たちからものすごく敬遠されていた。この反応にものすごく悔しがるジークである。

 なので、俺はその姿を見かねてジークに声を掛ける。


「それでしたら、私がお相手を務めますわ」


「おう、アリス・フェイダンか。俺に声を掛けるとは、前よりは腕を上げたんだろうな」


「10日もございましたものね。このくらいの年齢になりますと、何がきっかけで能力が伸びるか分かりません。先日の私と思わない事ですね!」


「面白い。全力で掛かって来いや!」


 あまりにも煽り耐性がなくて、俺は顔を引きつらせていた。

 勝敗はというと、当然のごとく俺が負けた。身体強化もそれなりに使っているが負けた。でも、前よりは粘る事ができたので、成長はしているようだ。


「はははっ、前よりは粘ってたな。嬉しいぞ。いずれ俺を負かせるだけの騎士になれ!」


「ええ、そのつもりです」


 俺とジークの笑い声が訓練場に響き渡るのだった。

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