第69話 忘れた頃に来る嵐

 学園での授業は2日目を迎えた。

 基本的にはまったく昨日と同じ流れで始まる。

 しばらくは起床してから走り込み、朝食を食べてから授業。昼食を食べてから授業という流れのようだ。昼の授業が終われば、その後は寝るまでの間は自由時間だった。

 騎士の生活を模して組まれているかと思ったが、意外と夜の自由時間が長かったのは驚いた。

 他の学生から聞いた話だが、体力のない学生は初日の夜の自由時間はほとんど寝ていたらしい。

 まっ、自由時間だからどのように過ごしたって自由だからな。別に責めるような事でもないと思う。

 あと、学園の授業は4日行って1日休みというサイクルで行われるらしい。このサイクルには、俺も含めたほとんどの学生が驚いていたようだった。休みの日なんてあるんだと。

 学園の中に閉じ込められるから、てっきり休みなんてないと思い込んでいたようだ。だが、休みの日があるからといっても学園の校則で学園外への外出ができないのだから、学生たちは何をしていいのか分からずにいた模様。

 ちなみに俺とブレアは、休みの日は訓練場に赴いて模擬戦で時間を潰していた。俺たちには他の学生にはない特殊な技能があるだけに、それを使いこなせないといけないからな。

 セリスとソニアの方は、座学の復習をしていた。本人は脳筋気味とはいえど、騎士というものがどういうものかは理解しているようだからだ。分からないなら分からないなりに頑張っているようである。


 そのサイクルが2回過ぎた頃、学園に再び嵐が訪れた。

 言わずもがな、俺の義理の父親となったドラゴニルの来園である。学園創立に向けて首を突っ込んだがために。定期的に確認をする事にしているらしい。それがこの日だというわけだった。


「はっはっはっはっ、どうだ諸君。学園生活は満喫しているか?」


 大声で笑いながら、ドラゴニルは実技の授業に乱入していた。


「ドラゴニル公爵、邪魔はよして下さいと申したではないですか」


「うるさい。我の事はフェイダン公爵と呼べ。いつまで父上の幻影を見ているというのだ!」


 ドラゴニルは自分の呼び方に対して思いきり怒っている。フェイダン公爵を正式に継いだというのに、騎士団からは相変わらずドラゴニル公爵と呼ばれているのが気に食わないのだ。それだけ、ドラゴニルの父親、バルカニル・フェイダン前公爵が騎士団に対して功績を残してきたという事なのだろう。


「まったく、呼び方を改めぬというのなら、ここにお前たちを組み伏せてやろうではないか。フリード、ジーク、お前ら二人とも我と戦え。自分の教え子たちに自分たちのいいところを見せてやるといい」


「はあ? なんでそうなるのですか……」


「冗談はやめてくれ。死にたくない」


 ドラゴニルの呼び掛けに、フリードもジークも拒否である。だが、ドラゴニルの怒りが収まるわけがない。


「問答無用!」


 次の瞬間、ドラゴニルはフリードとジークに襲い掛かっていた。まったく、逆鱗に触れたというにふさわしい状況になってしまっていた。


「アリス、剣を貸せ」


「えっ、はい!」


 急に呼ばれた俺だが、手に持っていた木剣をドラゴニル目がけて投げつけた。

 ドラゴニルはそれを受け取ると、遠慮なくフリードとジークに向かって剣を振るっていた。


「はーっはっはっはっ! 学園の教師に選ばれた割には、大した事のない腕だな!」


 俺たちが敵わなかったフリードとジークの二人を、ドラゴニルはたった一人で追い詰めてく。さすがはグリフォンやヒポグリフ、それにマンティコアたちを相手に圧倒してみせただけの事はある。

 なにせあの魔物たちは、1体だけでも騎士数人がかりでないと倒せない魔物ばかりなんだからな。そりゃ、普通の騎士が相手になるわけがないってもんだ。

 その圧倒的な蹂躙劇とも言えるドラゴニルによる一方的な展開に、俺たち学生たちはあんぐりと口を開けて見守る事しかできなかった。自分たちが敵わなかった教師たちが、たった一人の男にいいようにあしらわれているのだからな。


「ふん、どうだ。我の事をフェイダン公爵と呼ぶ気になったか?」


 ドラゴニルは、あれだけ圧倒しながらも不満気にフリードたちに声を掛けている。


「団長が認めない限りは、私たちでその呼び方を変える事はできません」


「ぐぬぬ……。騎士団とは頭の固い連中だな」


 フリードたちの頑なな態度に、さすがのドラゴニルも手を焼いているようである。


「まあいい。今回分かったと思うが、お前たちもまだまだ未熟だ。後進の指導をすると同時に、お前たちの腕も鍛える事を忘れるでないぞ。あくまでもお前たちは騎士なのだからな!」


「はっ、肝に銘じておきます」


 フリードとジークが跪いてこのように返すと、ドラゴニルは俺の方を見る。


「アリス、こいつを返しておく」


 ドラゴニルは木剣を俺の方へと投げ返す。俺はしっかりとそれを受け取った。


「いいか。上には上が居る。到達できぬとも少しでも近づけるように、日々の訓練を怠るではないぞ。さらばだ!」


 大声で言い残したドラゴニルは、そのまま訓練場から歩いて去っていった。

 そこには呆然とする俺たちだけが残されたのだった。

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