第65話 ドラゴニルの珍しい姿

「これはコーレイン侯爵。なぜここにいらしたのですかな?」


 ドラゴニルが明らかに不機嫌そうに反応している。姿を見せたのは学園長だった。

 というか、ドラゴニルが丁寧に対応している姿を初めて見たぞ。


「自分が長を務める学園の中を歩いていて、何が悪いのですかな? 面白い事を言うな、ドラゴニル公爵」


 学園長は笑っている。しかし、名字であるフェイダンではなく、名前に爵位をつけて呼んでいる。これはどういう事なのだろうか。


「先代はすでに引退しております。いい加減に我をフェイダン公爵とお呼び下さいませんか」


「いや、私にとってはまだそなたの父親が公爵だ。爵位を譲ってもらったにすぎん若造を、認めるわけにはいかんな」


 あっ、なるほどな。学園長にとってはまだドラゴニルの父親がまだ公爵の座に居るわけか。それでドラゴニルの名前に爵位を付けているというわけなのか。納得いったぜ。


「これは手厳しいですな。かれこれ10年も経ちますのにな」


 ドラゴニルは額に手を当てている。いや、本当に珍しい光景が繰り広げられている。あのドラゴニルが一方的に言いくるめられているのだから、学園長はやはりとんでもない人物だったようだ。


「さて、そちらの娘さんは、ドラゴニル公爵の養女でしたな」


「ああ、自慢の娘だ。なかなかに面白い力を秘めておるのでな、我も将来が楽しみでたまらんのですよ」


 二人揃って俺の方を見ている。なので俺は、びしっと直立して騎士の敬礼を取る。


「アリス・フェイダンと申します、学園長」


「ほう、しっかりとした挨拶だな。となれば私も挨拶をせねばなりますまい。私はカイン・コーレイン侯爵、このドラゴニルの父親バルカニル・フェイダン公爵に世話になった者だ」


 なんと、ドラゴニルの父親の関係者だったのか。しかし、それでもドラゴニルが敬語になる理由が分からない。


「父上との関係でな、コーレイン侯爵にはいろいろ世話になったんだ。この我の頭の上がらぬ数少ない人間ぞ」


 聞くのも野暮かと思って黙っていたら、ドラゴニルが理由を自分からばらしてきた。なるほど、学園長はドラゴニルにとっても先生みたいなものなのか。なら、喋り方が丁寧になるのも仕方がないな。

 しかし、納得がいったからとはいっても、慣れるかといったら、それはまったくの別問題だ。ドラゴニルの喋り方の違和感に、俺はさっきから鳥肌が凄かった。


「ドラゴニル公爵は当時からやんちゃでしたからな。この私も相当に手を焼きましたよ。はっはっはっ」


「ぐっ、コーレイン侯爵。あまり娘の前で言ってくれるではないですぞ」


 学園長がいろいろ語り出すものだから、ドラゴニルが慌てている。実に珍しい光景に、俺は呆気に取られていた。


「こほん、まあアリス。学園でしっかり学んで立派な騎士を目指すんだな。我は他にもやる事があるから、これで失礼する。さらばだ!」


 居たたまれなくなったのか、ドラゴニルはごまかすようにしながら訓練場から姿を消した。

 意外な一面を見た俺やブレアは、普段とのギャップからか言葉を失っていた。セリスとソニアもどうにか笑いを堪えているような状態だった。


「まったく、ドラゴニル公爵はいまだに力一辺倒の考え方のようですな。それでもどうにかなる時はなりますが、それがすべてではないのですよ」


 学園長はそう言いながら、俺やブレアを見る。特にブレアにはこの言葉は効くかも知れない。何と言っても力の使い方を教わっていた時に、ドラゴニルの考え方に少し浸食されていたのだから。


「はっはっはっ、この学園ではドラゴニル公爵以外からもたくさんの意見を取り入れた授業をさせて頂きますからな、あれほどまでの物理攻撃一辺倒にはなりますまい。明日からを楽しみに待っておるといいですぞ」


 学園長は高らかに笑っていた。これは期待していいのだろうか。


「さて、学園内の見学の邪魔はいかんな。私は仕事に戻るゆえに、じっくり学園を見ていきなさい。ではな」


 学園長はすたすたと訓練場から歩いて出ていった。

 しかし、どうしてここに姿を現したのだろうか。その理由はまったく分からなかった。

 ドラゴニルにしろ、学園長にしろ、まったく行動の読めない人たちだった。

 それはともかくとして、俺たちは訓練場の片隅に道具置き場を発見する。そこには簡易防具と木剣や弓などが置かれていた。ちなみに誰も居ない。


「あら、こんなに無造作に置かれていますのに、管理者が居ませんのね」


 ブレアがみんなが思っている事を口に出していた。


「でしたら、せっかくですし簡単に剣を交えてみません?」


 こんな提案をするのはセリスだった。


「いいねえ。ちょっと体が動かしたかったんだよ」


 ソニアも乗っかってしまう。そして、ブレアまでもが乗り気だった。やっぱりこいつら脳筋だよ。

 勝手な事はするなと止めようと思っていたのがばからしくなってきた。

 結局止められずに、俺まで流れに乗せられてしまい、四人で仲良く打ち合い稽古をしたのだった。

 その後、訓練場の武器の管理人が戻ってきたのだが、俺たちがあまりに楽しそうに打ち合っているものだから、終わるまでずっと眺めていたようだった。だけど、勝手な真似をした学生を叱らないわけにもいかないので、打ち合いを終えたところで出てきて、やんわりと叱ったのだった。

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