第64話 学園探索

 まずは昼食を堪能にした俺たち。

 さすが王都基準の料理が食べられるとあって、俺たちのお腹はなかなか満足だった。俺たちがもの凄い量を食べていたものだから、周りからは呆気にとられた視線が向けられていたのは印象的だった。やっぱり女だと、そんなに食べる印象を持たれていないというのがよく分かる。

 しっかし、食べた食事の内容を思うと、男だった頃の俺は騎士団の中でろくでもないものを食わされていたという事が分かった。固いパンに味のしないスープなんてのは当たり前だったからなぁ。それからすると、ここの料理はうますぎた。


「アリスさん、どうしたのですか?」


 セリスが俺の顔を覗き込みながら、質問してくる。


「ごめんなさい。なんでもありませんよ」


 俺は苦笑いをしながら返すと、セリスとソニアはよく分からないといった反応をしていた。ま、こればかりは俺以外は分からない事だからしょうがない。


 食事を終えた俺たちが次に向かったのはやっぱり訓練場だった。実戦に備えた模擬戦などを行う場所なので、どうしても気になってしまうというのもだった。

 一応、部屋に戻った後で、寮に掲げられていた学園の見取り図を確認しておいた。だから、思ったよりすんなりとやって来る事ができた。


「お、大きいですわね」


「さすがは本格的に騎士を育てる学園の設備といった感じですね」


 俺とブレアは素直に感想を話している。


「アリスさんってフェイダン公爵家でしたよね? あそこにもあったはずでは?」


 セリスから冷静にツッコミが入ってきた。まぁそりゃそうだ。


「確かにありますけれど、あそこの設備って思ったより簡素でしたから」


 頬を指で掻きながら答える俺。

 大体ドラゴニルのせいなんだよな、あそこの設備が大した事はないのは。代々ドラゴンの血を継いだ者が当主となっているから、育てるのが大事と分かっていても大体はその当主が片付けちまう。そのせいで騎士の訓練設備はだだっ広い打ち合いのための広場くらいしかないんだよな。隅の方に見える、的みたいなのも見た事がねえぜ。


「あそこの的みたいなのも、見た事ありませんものね」


 ああ、ブレアが言っちまいやがった。

 さすがにこのブレアの言葉に、セリスとソニアが驚いていた。公爵家の設備にないものがあったとはという、純粋な驚きである。

 だけど、的がなかったのは実際だったんだよな。あの脳筋侯爵のせいで、全部木剣を持っての打ち合いだったからな。弓矢とかも見た事ねえぜ。


「呆れた。フェイダン公爵家って一体何を考えているの……」


 ソニアからはそんな言葉を投げつけられる始末だ。言い訳できねえな。


「申し訳ございません。お父様が脳筋過ぎるだけです」


 俺はしょんぼりするしかなかった。


「誰が脳筋だというのだ?」


 すると、俺の言葉に間髪入れずに声が飛んできた。


「げげっ、お父様?!」


「げげっとは何だ、アリス」


 俺が驚いて顔を向けた方向には、なんとドラゴニルが居た。なんで居るんだよ?


「これはドラゴニル様、ご無沙汰しておりますわ」


 ブレアは落ち着いて騎士の敬礼をする。さすがはブレアだ。


「うむ、今日は明日からの授業を前に最終確認をしに来ているのだ。まったく、こんなちゃちな物を置きよってからに。俺は要らんと言ったのだがな」


 ドラゴニルは的となる立てられた丸太をポンポンと叩いている。いや、ドラゴニル視点で要らなくても、これは必要なものなんだよ。


「何に使うというのだ、申してみろ、アリス」


「お父様。私の思考を読まないで下さい!」


 ドラゴニルの声に、俺は堪えながら文句を言う。友人が居る手前、義理とはいえ父親に拳を上げたくねえんだよ。


「騎士は何も剣だけで戦うものではございません。それに、必ずしも人と向かって模擬戦ができるわけではないのです。そういう時のために、その的は必要となるのです。ですから、フェイダン公爵邸にも置いて下さい、お父様」


「うーむ、そうは言われてもな。動かぬものなど攻撃してもつまらんだろう?」


 俺が必死に説得しようとするが、ドラゴニルはこの状態だ。本当にこの戦闘狂は!

 ふるふると拳を握って震える俺を見かねたのか、俺以外の三人がドラゴニルに意見する。


「ドラゴニル様。さすがに常に相手が確保できるか分かりませんし、剣だけが騎士の武器とは限りませんわ」


「あたし、槍とか斧とかも使うんだけどね」


「魔法の訓練もあるみたいですし、的は必要です」


 さすがに騎士を本気で目指す若者たちの言葉が効いたのか、ドラゴニルは腕を組んで考え込み始めた。


「そうかそうか。お前たちの言い分は分かった。それならば!」


 ドラゴニルが上着を突然脱ぎ捨てる。


「この我を倒して自分たちの意見を押し通してみせろ!」


「なんでそうなるんですか!」


 ドラゴニルは構えを取っており、やる気満々である。俺は冷静にツッコミを入れるものの、この脳筋を止めるのは難しそうだった。

 やるしかないのか。

 そう思った時だった。


「これはドラゴニル公爵。いかがされましたかな?」


 誰かが訓練場に姿を現したのだった。

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