第58話 そして、始まる……
「んー、ついに今日からかあ~……」
「うふふ、楽しみですわね、アリス様」
俺とブレアは馬車に揺られていた。
今日から俺とブレアの二人は、騎士の養成学園に通う事になったのだ。
俺たちはドラゴニルから出された課題を無事にクリアして、学園への入学を許可された。本当はドラゴニルも来たかったらしいのだが、領地での仕事が片付かなかったらしい。代わりに、ブレアの父親であるクロウラー伯爵が同席する事となった。
それにしても、さすがは騎士を養成するとだけあって、制服はパンツルックである。騎士という職業はほとんどが男性だから、この姿は仕方ないだろう。
それに加えて、この姿はどことなく懐かしい。いい思い出はないが、騎士という職に就いていた時の格好とよく似ているからかもしれない。うん、いい記憶はまったくないんだがな。
俺たちを乗せた馬車は、王都の外れに建設された養成学園に到着する。
「うわぁ……、これができたばかりの騎士の学園……」
目の前の立派な建物に、俺たちは目を奪われた。
騎士の養成学園は全寮制。俺たちはここで最低3年間は閉じこもって暮らす事になる。許可を取れば外出は可能だが、基本的には実習以外で学園を出る事はないそうだ。
まあ、養成施設だからな。即戦力が欲しいわけだから、みっちり鍛える事にはなるよな。
この学園のシステムに、俺は一定の理解を示した。
「うふふ、アリス様」
「何でしょうか、ブレア様」
「一緒に最短で卒業致しましょうね」
「ええ、そうですね」
ブレアが自信たっぷりの表情で言うものだから、俺はちょっと表情を引きつらせながらも笑顔で返しておいた。
俺もそもそも最短で卒業するつもりだが、正直実際の学園を見てみない事にはどうとも判断できないからな。
そして、話を終えた俺たちは、馬車を降りて学園の中へと入っていった。
学園の中はとにかく広かった。下手に歩くと知らないうちは迷子になりそうなくらいだった。下見ができなかったから、俺なら本気で迷えそうだぜ。
入口正面にあった建物に入った俺たちは、正面に受付のような場所を見つける。なにせ、俺たち以外にも同い年と思われる連中が集まっていたからな。
人だかりに吸い寄せられるように俺たちが近付いていくと、俺たちに突然声が掛けられる。
「おや、君たちは噂の女性の新入生かい?」
その声にくるりと振り返る俺たち。そこには、顔立ちのいい、あまり体格の良くない男が立っていた。
「おっと、実にいい反応だね。僕はこの学園の教師を命じられた者でね。王国騎士のフリードっていうんだ。よろしくね」
にこにことしながら手を差し出してくるフリード。だが、俺たちはその手を警戒して手を差し出さない。その俺たちの態度に、フリードは不気味なくらいに笑っていた。
「ははは、いい判断だ。ここではみんながライバルだからね。君たちがいつまで続けられるか楽しみだよ。ドラゴニル公爵のお気に入りだからといっても、ここでそんな肩書は通用しない」
先程までのにこにことした表情が険しくなる。
「確かに女性の騎士というのも必要な時はある。だが、女性だからといって甘くするつもりはない。そんな浮かれた気持ちでいられると迷惑だ。たっぷりしごいてやるから覚悟しておくんだな」
フリードの態度がさっきまでとはまるで違っていた。女性騎士に反対する連中が居るとは聞いたが、フリードもそういった側の人物なのだろうか。
「ええ、それは楽しみですね。私たちとて、そんな生半可な気持ちでここへ来てはいません。よろしくお願い致します、先生」
不機嫌を露わにするフリードに対して、俺とブレアは笑顔でお辞儀をして対応している。
俺たちは、これからが楽しみすぎて笑ってしまっているのだ。正直楽しみな気持ちに水を差されたくないんだよな。
「まったく、さすがに神経が図太いな。そうやって笑っていられるのも今のうちだからな!」
負け惜しみのような言葉を吐いて、フリードはその場を立ち去ろうとする。だが、すぐに立ち止まって戻ってきた。
「いかんいかん、感情的になり過ぎて仕事を放棄するところだった」
「さすが先輩騎士様ですわね」
戻ってきたフリードをブレアが褒めると、フリードは何とも言えない顔をしていた。おそらく恥ずかしいんだろうな。
「おほん、この後は新入生を集めての挨拶がある。場所は講堂で、ここの右手をずっと行って出たところにある。まず迷う事はないだろう」
「分かりました。くうう、私たち以外には一体どんな人たちが集まっているのでしょうね。わくわくしてきます」
俺が返した反応に、フリードは呆れた顔を向けてきた。おそらく、フリードが持っている貴族息女のイメージとかけ離れているのだろう。そして、講堂へと移動していく俺たちの姿を睨み付けるように見送っていた。
「どうだ、私の自慢の娘とその友人は」
「はっ、これはクロウラー伯爵! という事は?」
「うむ、今のは私の娘ブレアとドラゴニル公爵の娘のアリスだ。女性騎士に対して思うところはあるだろうが、うちの娘たちを甘く見ないでくれよ?」
「ははっ! ですが、私も教師を任される以上、特別扱いはできませぬ。それだけはご了承下さいませ」
「分かっておるよ。むしろその方がありがたい」
フリードに対して、クロウラー伯爵はそう告げていた。
これから始まる最低でも3年間の学園生活。希望と不安と楽しみと陰謀と多くの感情を巻き込みながら、今ここにその幕が開いたのだ。
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