第56話 ブレアの特訓
翌日、午前中をすっぱりと空けたらしいドラゴニルが訓練場に姿を現していた。昨日の午後も騎士たちをみっちりしごいていたというのに、よっぽど頑張って仕事を済ませたんだな。
さすがにドラゴニルが居るとなると、騎士たちの緊張の度合いが違う。まあ、昨日あれだけやられればそうなるだろう。まったく、みんな進歩がないものだ。
「ブレア・クロウラー。ここでは騎士どもを巻き込むからな、場所を変えよう。アリスも来い」
「はい、承知致しましたわ」
「分かりました、お父様」
というわけで、俺とブレアは歩き始めたドラゴニルの後ろをついて行く。
しばらく歩いてやって来たのは、なんと屋敷の外だった。ドラゴンの力を本気で使えば、建物を吹き飛ばすのも造作もないという事だろう。さすがに屋敷が無くなっては困るので、外に来たようだった。
「その通りだぞ、アリス。本気でドラゴンの力を使えば、あそこの山くらい一瞬で消せるからな」
「ですから、お父様。私の思考を読まないで下さい!」
必死に抗議する俺である。まったく、心の中で思っているだけだっていうのに、こいつはその全部を聞いてやがるんだ。俺の個人的な平穏は守られないのかよ!
その俺たちの様子を見てブレアは笑っていた。ほら見ろ、笑われちまったじゃねえか。
という感じで、俺とドラゴニルの間の空気が少々険悪になったのだが、ドラゴニルはそれに構わずブレアと向き合う。
「ブレア・クロウラー」
「はい!」
「ドラゴンの力に目覚めたという事は、お前は体の中に血流、魔力流、そして竜脈流の3つの流れが存在しているはずだ。集中してその竜脈流を感じ取れ」
「魔力流と竜脈流? 分かりませんわ!」
「ドラゴンの力に目覚めると、同時に魔法も使えるようになる。どちらも体の中を血流のように体中を巡っている。それを感じ取って自在に扱えるようになれば、力の制御が可能になるのだ」
説明としてはこれ以上なく簡単で分かりやすいものだった。だが、言葉が専門的過ぎて理解できなかったのである。
実はそれらに関して、俺の持つ魔物を討つ力も同じようなものだった。ただ、ドラゴンの力と違って、魔法を扱えるようにはならない。身体強化も魔物を討つ力の一環であって、魔法とは違うもののようだった。
それはそれとして、俺はブレアとドラゴニルの様子を見守る。
だが、ブレアはかなり苦戦している感じだった。体の中の力の流れを感じろというのも、実際にやってみるとなかなかに感覚がつかみにくいからな。
「ブレア様」
見かねた俺は声を掛けてみる。
「何でしょうか、アリス様」
「おとといの、私との模擬戦の事を思い出してみてはどうですか? あの時は無意識ながらに発動していましたし、その感覚を思い出せばもしかしたら扱えるかも知れません」
「な、なるほどですわね」
俺からのアドバイスに反応したブレアだったが、その感覚が思い出せないのかただ気合いを入れているようにしか見えなかった。どうやらそのくらいのあの時の感覚は特殊だったようである。
「やれやれ、ちょっとばかり見本を見せてやったらどうだ」
すると、ドラゴニルが突然俺に話を振ってきた。俺にかよ?!
だが、俺の魔物を討つ力というのも、確かに体の中の特殊な力を感じて引き出すわけだから、原理としては似たような物なのである。俺に振ったのは同い年だからというのもあるのだろう。
俺はぐぬぬと思いながらも、ドラゴニルの無茶振りに応じる。
「わ、分かりました。私の力もおそらくは原理としては同じだと思いますので、ブレア様、ご参考になさって下さいな」
俺は抵抗する事を諦めて、ブレアに声を掛ける。すると、ブレアは黙ったままこくりと頷いた。
それを確認した俺は、使っていた身体強化を一時的に解除すると、すっと呼吸を整える。正直、使っている間に断ち切れていた感覚が襲い掛かってきているが、俺はそれに必死に耐えている。まったく、俺ってこんなに無茶してたのか。
だが、今はそれを気にしている場合じゃない。俺はすぐさま強めの身体強化を発動させる。すると、俺の周りの空気が普段とは違ったように感じられた。
一方のブレアは、眉間にしわを寄せながら俺の事を見ていた。そして、しばらく険しい表情をしていたのだが、突然何かを思いついたかのように手を叩いていた。
「なんとなく分かりましたわ」
そう言ったブレアは、もう一度集中を始める。
しばらくすると、ブレアを中心に突風が巻き起こった。
「うっぷ、土埃が!」
巻き上がった土埃がまともに口に入ってしまって、俺は苦い顔をしている。
ところが、ドラゴニルは嬉しそうな表情をしながらブレアの姿を見ていた。
「くっくっくっ、これほど早く感覚を掴んでしまうとはな。実にお前たちは面白いものだ」
「これが、ドラゴンの力なのですわね」
「そうだ。凄まじい力だろう?」
「はい、体中に力があふれてきます!」
ドラゴニルの問い掛けに、ブレアは目を輝かせて答えていた。
だが、これでブレアも危険な奴の仲間入りをしてしまったのかと思うと、俺としてはかなり残念な気がしてならなかった。
ドラゴニルのように自信たっぷりの変な奴にならないように気を付けなきゃな。
嬉しそうに話をするドラゴニルとブレアの姿を見ながら、俺は心の中でそう誓うのだった。
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