第55話 改めての模擬戦

 翌日、ブレアはまた訓練場に顔を出していた。今回は一体いつまで滞在するつもりなのだろうか。

 そういえば、来年の学園開校までもだいぶ時期が迫ってきていたな。という事は、それまでこっちに居るつもりなのかも知れないな。王都以外で騎士団が居るのはほぼここだけだし、なによりもブレアにとってはなじみの場所だもんな。まあ、俺も嬉しいっちゃ嬉しいんだが、家の事は大丈夫なのだろうか。

 そんなブレアは、訓練中にドラゴニルに声を掛けられていた。


「ブレア・クロウラー。体の調子はどうだ?」


「はい、特に問題はございません。ご心配ありがとうございます、ドラゴニル様」


「そうか。我が力に目覚めた時は数日間は落ち着かなかったものだからな。その調子なら、明日にでも力の使い方を教えてやろう」


「本当でございますか?! よ、よろしくお願い致しますわ!」


 どうやら体調を気遣っていたようだ。同じ力を持つ者として心配になったという事か。こいつにそんな感情があるとは驚きだな。

 俺がそんな風に思ってドラゴニルたちを見ていると、急にドラゴニルが俺の方に顔を向けてきた。本当に急なものだから、俺は慌てて顔を背けて訓練に打ち込む。まったく、心を読むなっていうのに、めんどくさい男だぜ。

 すると、ドラゴニルは俺には構わずそのまま訓練場を後にしていった。領主だから仕事が溜まっているのだろう。

 とにかく、ドラゴニルが何もする事なく去っていったので、俺はつい安堵のため息を吐いてしまった。


「アリス様、改めて私と打ち合いをしませんこと?」


 ほっとしていたのも束の間、ブレアが俺に対して打ち合いを申し込んできた。


「そうですね。いいですよ、やりましょうか」


 当然ながら、俺はそれを快く引き受けた。今日のブレアは落ち着いているので、昨日みたいな事にはならないだろう。

 俺たちは木剣を手に、お互いに向かい合って立つ。服装は昨日と同じで、ブレアはパンツスタイル、俺は外出用のドレスだ。

 俺が何でドレスかっていうと、ドラゴニルから厳しく言われているからだ。公爵家とはいえど先日のような事だってあるので、いかなる場面でも戦えるようにと、あえて動きにくい格好で鍛錬をさせられているってわけだ。……まあ、慣れたがな。

 その俺に対して、ブレアが視線を送ってくる。


「どうしました、ブレア様」


「いえ、いずれは私も、そのような姿で剣を振るえるようになりたいですわね」


 やけに凝視をしてくるなと思ったら、ドレス姿で剣を振るう俺の事が気になっていたらしい。ブレアも女だからな。


「何でしょうかね。騎士の正装で剣を振るのはかっこいいとは思うのですが、ドレス姿で剣を振るうのもまたかっこいいと思ってしまうのです。……これはおかしな事でしょうか」


 俺に問い掛けてくるブレア。


「何もおかしくはないと思いますよ。男性と女性という違いはあるかも知れませんが、何をかっこいいと思うのかは個人の自由ですから」


 その問い掛けに俺は否定をする事はなかった。

 正直、男の時だったら真っ向から否定したかも知れない。だが、今は女となっているのだから、なんとなくだがブレアの気持ちというのも分かるというものだった。


「ですけれども、今はそんな事より鍛錬です。さあ、ブレア様。いらして下さいな!」


 同意をしつつ、すぐに気持ちを切り替える俺。その俺の言葉に、ブレアも表情を引き締めていた。こういう行動を見るたびに思うが、ブレアも12歳ながらに大人っぽいよな。ま、俺だって負けちゃいないがな。

 剣を構えてじりじりと向かい合って牽制する俺たち。さて、どのタイミングで仕掛けるかな。

 昨日と違って、今日のブレアはかなり落ち着いている。これなら、昨日みたいな暴走はないだろうな。

 心の中で「よし」と呟いた俺は、先制攻撃を仕掛ける。


「くっ!」


 不意を突かれたような声を上げるブレアだが、しっかりと対応している。俺の剣を弾くと、すぐさま反転攻勢に出る。

 だが、俺だって簡単に食らってやるものじゃない。

 そうやっているうちに、俺たちの攻防はあっという間に騎士たちの注目を集める事となってしまった。おい、お前たち、訓練しろ!

 そう、まったくもって昨日の再現となってしまっていた。騎士団がこんなんでいいのかよ……。

 正直言って、今すぐにでも怒鳴りつけてやりたいところだ。しかし、今日はドラゴニルは仕事でもうここには来ないだろうし、俺は俺でブレアの相手で手が離せない。こうなると、俺はあえて行動範囲を広げてやる事にした。

 ブレアの剣を弾き返すと、俺は大きく踏み込んで、見物している騎士の近くまで跳んだ。当然ながらそれを追いかけるようにブレアは行動する。さて、戦いに巻き込まれるとなったら騎士どもはどうするかな?

 そしたらば、騎士どもは予想外にまったく動かなかった。目の前ギリギリまで来て打ち合っているというのに、のんきなものだな。むしろ、俺たちの戦いを目の前で見れて幸せと言わんばかりに笑顔になってやがる。気持ち悪いぞ。

 この状況に、さすがに俺は呆れるしかなかった。なので仕方なく、再び元の位置ほどに戻ってブレアとの打ち合いを続けた。

 結局この打ち合いなのだが、仕事を済ませたドラゴニルがやって来るまで続けられた。一体どのくらい打ち合ってたのか分からないが、相当の時間だったようである。

 ついでだが、俺たちの打ち合いをずっと見物していた騎士どもは、午後にドラゴニル直々にしごかれていたのは言うまでもなかった。

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