第53話 眠れる令嬢
朝っぱらから無意識とはいえ力を使った影響か、ブレアは疲れ切っていた。その様子を見る限り、ブレアのドラゴンの力の発露は完全に無意識だったというのがよく分かる。俺が今の体になって初めて魔物を滅する力を使った時も、しばらくぶっ倒れたくらいだもんな。このくらいは仕方ないだろう。
疲れた様子のブレアを見ながら、ドラゴニルは実に興味深そうに笑っていた。絵面としては危険なおっさんそのものなのだが、ドラゴニルの興味としてはブレアのドラゴンの力にしかないのだろうと思われる。
「くっくっくっ、我以外にも力を使いこなせる可能性がある人物が居るとはな。これはこれはとても楽しみだ。アリスはやらんがな」
ドラゴニルが何かをほくそ笑みながら呟いていた。何を言っているのか想像はできるが、俺はあえて無視する事にした。疲れた様子のブレアの事が気になるからな。
そんなわけで、急に力を使って疲れ切ったブレアを、俺は肩で支えながら屋敷の中へと入っていった。これ以上ドラゴニルの視線にさらすのは、絵面的にも危ねえからな。
俺は自室までどうにかブレアを連れ行き、椅子に座らせる。そこへ丁度レサが水を持って現れた。さすが、レサだぜ。
レサから受け取ったコップをブレアに手渡すと、ブレアはそれをごくごくと飲み干していた。疲れてはいるが倒れるほどではないようで、俺はひとまず安心した。
「大丈夫ですか、ブレア様」
水を飲んだのを確認して、俺はブレアに声を掛ける。
「だ、大丈夫ですわ。しばらく休まないといけませんけれど……ね」
ブレアはどうにか俺へと言葉を返していた。ただ、顔色は優れないようなので、レサに言ってソファーへと横になれるようにしてもらった。
「服装のせいでベッドとは参りませんが、ひとまずソファーでお休みになって下さいませ」
「そう、させて頂きますわ……」
俺に支えられて、応接用のソファーへと移動するブレア。そして、横になってシーツを被ると、そのまますぐに眠ってしまった。
そこで俺は、レサにブレアの使用人と一緒にしばらく様子を見てもらう事にした。どうせこの後は昼食なので、一緒に居られなくなってしまうからだ。レサはこれを快く承諾してくれた。ふぅ、これでひと安心だぜ。
レサとブレアの使用人に後の事を任せた俺は、昼食のために食堂へと向かった。
食堂へやって来ると、ドラゴニルがもの凄い笑顔で既に食卓に着いていた。初めて見るぞ、あんな笑顔は。
さすがに気持ち悪いばかりの笑顔なだけに、俺はついつい声を掛けてしまう。
「お父様、一体どうなさったのですか?」
「おお、アリスよ。これが喜ばずにはいられるというのか? 我以外にドラゴンの力を扱える逸材が見つかったのだ、心から祝わずにいられようか!」
凄まじいまでの上機嫌である。気持ち悪いくらいだ。
とはいえ、その気持ちはなんとなく分かる気がする。俺だってこの力を持つ者は俺以外に知らないし、同じような立場の人物が居ないと孤独感や疎外感を感じてしまうものだからな。
そうやって思うと、ドラゴニルも孤独だったのだろうか。尊大な態度はその孤独の裏返しなのだろうか。俺はちょっと気になってしまった。
だが、俺が抱いたその考えは間違いだったと思い知らされる。
「がっはっはっはっ! 我は別に何とも思っておらんぞ。ただ同じような能力の持ち主が現れた事を喜んでいるだけだ。我がそんなに寂しがり屋だと思ったか?」
だから、俺の思考を読むなというんだよ!
まったく、俺はいいようにドラゴニルに遊ばれている気がしてならない。こいつは本当に底の知れない手強い相手だぜ……。
そんな感じに、食事中もドラゴニルにいいように遊ばれた俺は、なんだか食事を食べた気にならなかった。本当にドラゴニルの相手は疲れるってもんだ。
食べた気はしないとはいっても、食事が終わってしまった以上、俺は食堂を出て自室に向かわざるを得なかった。
今日は午後からはサウラとの授業が待っている。それまでにブレアの様子を確認して安心しておかないとな。
「レサ、ブレアの様子はどうですか?」
俺はひょっこりと自室に顔を覗かせる。
「お嬢様、今はぐっすりお休み中です。疲れているだけのようですから、もうしばらくは目を覚まさないでしょうね」
レサからの返答を聞いて、俺はものすごくほっとした。これだけ仲のいい相手というのは前の人生も含めて居なかっただけに、何かあるととても心配になってしまうもんだぜ。
そんなわけで、ブレアの事は目を覚ますまでレサに任せておいて、俺は午後の勉強へと向かうために支度をする。その支度が終わると、俺は扉の前で一度立ち止まり、レサの方を見る。
「それでは、私はサウラ先生に勉強を見てもらいに行きますので、レサもブレア様の様子を見ながら、頃合いを見て食事をして下さいね」
「畏まりました、お嬢様」
俺の声掛けに、レサはいつも通り淡々と答えていた。その冷静な表情に、俺はレサに頼もしさを感じていた。
そして、部屋を出た俺はぱたりと扉を閉めて、午後の予定をこなすべく書庫へと向かったのだった。
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