第52話 覚醒とか聞いてない

 翌日、ブレアは俺に勝負を挑んできた。さすがにこれには面食らったものの、俺は快くその勝負を受ける事にした。


「私とて鍛錬を積んでいなかったわけではございませんもの。いくら魔物との実戦を経験されたアリス様相手といえど、劣っていないとは思いましてよ」


 ブレアは大した自信である。木剣の先を俺に向けての宣戦布告なのだから。


「そんな事をして大丈夫だと思われるのですか、ブレア様」


「大丈夫もなにも、私は全力の戦いをしたいだけですわ。これでも騎士を目指すフェイダン公爵家ともゆかりのあるクロウラー伯爵家の人間なのですから、覚悟がなくてどうするというのです!」


 ブレアは大声で俺にそう言い放っていた。

 そのため、訓練場内は一時的に騒然となった。なにせ養子とはいえフェイダン公爵家の令嬢に対する宣戦布告なのだから、騎士たちも落ち着きを保てなくなってしまったのだ。

 にしても、ちょっと大げさに騒ぎ過ぎじゃないのか?

 って、どんどんと俺たちのところへ騎士たちが集まってくる。お前ら鍛錬しろよ、見世物じゃねえんだぞ!

 そんな俺の気持ちもむなしく、気が付いたら周りを多くの騎士たちに囲まれてしまっていた。

 はあ、こうなったら見世物だろうがやってやろうじゃねえか。ブレアの本気を見させてもらうぞ。

 パンツスタイルのブレアに対して、俺は相変わらずのドレス姿だ。普段着のドレスなのでまだ動きやすいものとはいえ、これはずいぶんなハンデである。


「すごく注目を集めてしまっていますね」


 俺は首を鳴らしてため息を吐きながら、木剣を握る手に力を入れる。


「訓練をさぼってまで私たちの戦いを見ようというのです。徹底的にこの騎士たちの心を折ってしまいませんこと?」


「それはいいですわね。でしたら、本気で相手して下さるという事でよろしいですのね?」


 ブレアの問い掛けに、俺は大きく頷いた。その俺の姿を見て、ブレアの目の色が変わる。物理的にだ。

 ブレアの特徴はウェーブの掛かった髪型が特徴だが、今はそれを束ねて後ろで結んでいる。赤い髪に赤い瞳なのだが、本気になったブレアの瞳の色は引き込まれそうな青色へと変わっていく。

 フェイダン公爵家の傍流分家なのだから、ドラゴニルと同じようにドラゴンの血筋なのだ。そういった不思議な事が起こってもおかしくはないというわけだ。

 それにしても、何と言うか見惚れてしまうような美しさがそこにはあった。とはいえ、今は真剣勝負なのだから、俺は首を左右に振って気持ちを引き締める。

 本気には本気で応えないとな。俺は気合いを入れで身体強化を行う。恒常で使っている強度からどんどんと上げていく。実はあの魔物との戦い以降、俺はかなり力を使いこなせるようになっていたのだ。

 俺の方を見てブレアが笑っている。普段から想像できないような愉悦を含んだ笑いだ。

 こうやって見てみると、やはりドラゴニルとは血縁があるのだと思わされる。なにせドラゴニルは、笑いながら戦っているのだからな。

 とにかく、このブレアと戦えないのであれば、俺は到底ドラゴニルに勝てないという事になる。


「さあ、参りますわよ、アリス様」


「ええ、いつでもいらして下さい、ブレア様」


 お互いに声を掛け合うと、ブレアが俺を目がけて突進してきた。


(速い?!)


 今までのブレアからは想像できないような動きだった。

 あっという間に俺との距離を詰めると、鋭い剣筋が俺に襲い掛かってきた。

 だが、俺だって負けちゃいない。幸い、ブレアの剣速は十分目で追えるものだ。

 ところがだ。その剣を受け止めようとした俺だったが、違和感を感じて急遽いなす形に変更したのだった。

 次の瞬間、信じられない光景が目に飛び込んでくる。

 なんと、ブレアの剣筋が地面を抉ったのだ。


(うっへぇ……。これはドラゴニルと同じドラゴンの力か?)


 あまりの光景に、騎士たちが思い切り怯んでいる。そりゃ、剣から近い場所限定とはいえ、地面が抉れたんだ。剣の風圧もあれだけあれば、少し離れていても大怪我は免れない。だから、恐怖したのである。


「これは、まるで幼い頃のドラゴニル様のようだ……」


 誰かがその様に呟いた。

 それが耳に届いた俺は、やっぱりかと思った。

 それを踏まえて改めてブレアを見る。おそらくこの能力の発動は無意識的だろう。

 ブレアだって12歳だ。秘めた力があるのなら、無意識に現れる事も十分あり得る年齢だ。俺だって、男の時に目覚めたのは16歳だったしな。

 おそらく引き金になったのは昨日話をした内容だろう。自分も強くなりたいという意識が、眠れる力を引き出したのかも知れない。

 さっきだって、あのまま木剣で受けていたら、おそらく砕け散っていた。そのくらいに強力で危険な能力だとすぐに分かった。

 それにしても、ブレアの顔がさっきから淑女らしからぬ表情をしていて怖いくらいだ。それでいて、ちゃんと騎士らしい剣の振り方になっているのにな!

 展開としては俺の防戦一方だった。

 だが、それも唐突に終わりを迎える。


「そこまでだ。傍流の血筋と思っていたが、我と同じ力を持つ者が現れるとはな。実に喜ばしいぞ!」


「ドラゴ……ニル、様?」


 ドラゴニルが割って入ってきたのだ。その唐突な乱入劇に、ようやくブレアは我に返ったようである。

 それにしても、ドラゴンの力が乗った木剣を素手で掴まえるとか、やっぱこいつ人間じゃねえわ。

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