第51話 平和な時間

 湯浴みの後、俺は一度部屋に寄ってブレアと合流したのち食堂へと向かう。

 それにしても、いくら伯爵家とはいっても、娘が一人でこうやって気ままに出掛けるというのもすごい話だよな。ブレアは今回も使用人や護衛は居るとはいえ、一人だけでフェイダン公爵邸までやって来たんだからな。普通はそうそうないと思うぞ。

 食堂に移動した俺たち。途中で騎士の一人を伝令にして先に向かわせた事もあって、ほどなくして食事が出揃っていた。なので、あまり待たされる事なく食事にありつけた。

 その席で、俺はブレアに今回の出掛けていた時の話をせがまれたので、仕方なく俺はその時の話をしてやった。

 その時のブレアは、聞いた事を後悔したような顔をしていた。まあ、俺も話しながらぶっ飛んだ事を言っている自覚があったので、その反応は痛いほどよく分かる。俺だって同じ立場に居たら多分信じられないだろうからな。

 なにせ、ウルフとハイウルフに加え、グリズリーの群れをぶっ倒した事に、グリフォンやヒポグリフ、それにマンティコアみたいな凶暴な魔物をドラゴニルが吹っ飛ばしていた事、現実に起きた事とはいえ、説明するには現実離れし過ぎているからな。特にドラゴニルの強さがもはや人のそれじゃなかったもんな。


「はあ、さすがドラゴニル様ですわね。アリス様も素敵です」


 そう言って俺たちを褒め称えようとするブレアだったが、どこか放心気味になっているせいで言葉が棒読みだった。


「ブレア様、現実逃避をなさるお気持ちは分かりますが、これが現実なんですよ……」


 俺も諦めたような表情でブレアに同情するのだった。


 その後、部屋に戻った俺とブレア。本来ならブレアは客室のはずなのだが、本人たっての希望で俺と一緒の部屋に今夜はやって来たのである。

 俺の意識としてはまだ男なのだが、ブレアとはそういう気持ちというよりはもはや兄弟姉妹といった感覚なので、一緒に居てもまったくもって平気である。まあ、同じ騎士を目指す仲間というのが、今一番の気持ちだな。

 とりあえず同じ部屋の中でテーブルを囲んだ俺とブレア。レサが紅茶を持ってくると、ブレアは俺に対していろいろと質問をぶつけてきた。

 そりゃまあ気になるのも当然だろうな。魔物が大量に攻めてきたっていうのなら、気にならない方がおかしいもんだ。

 俺はブレアに、覚えている限りの事を話しておいた。ブレアはそれをとても真剣に聞いていた。さすが騎士を目指す令嬢というところだ。


「はあ、アリス様も不思議な能力を持っていらっしゃるのですね」


「ブレア様はお持ちでないと?」


 この反応は俺の身体強化と魔物を滅する力に対してのものだ。興味がありそうだったので、俺は逆にブレアに尋ねてみる。


「私も持っていないとは限りませんわ。クロウラー伯爵家は、フェイダン公爵家の傍流でございますもの。ドラゴニル様がお持ちのような能力は、おそらくあると思いますわ」


 なるほど。俺の能力は特殊だが、その気になればブレアもドラゴニルのように……。

 いや、やめてくれ。怖い笑顔を浮かべながら魔物を屠るブレアなんて見たくないぞ。あれは本気でただ怖いだけだ。絵面がよろしくないからな。

 俺はドラゴニルがやっていた事を、思わずブレアの姿で想像しそうになってしまった。危なかったぜ……。


「ブレア様、能力を持っていたらそれは確かに素晴らしいとは思いますわ」


 俺は立ち上がってブレアの方に両手を置きながら言う。


「ですが、お父様のようにはならないで下さいませ。正直、あの姿は怖かったですから!」


「えっ、ええ……。わ、分かりましたわ」


 俺の必死の訴えに、ブレアは面食らっていた。

 ブレアがこういう反応になるのも仕方ないだろう。あれに限っては、現場を直に見た連中にしか分からないというものだからだ。はっきり言って見ているだけで恐怖しか感じない光景だったのだから。


「ブレア様は今の可憐なままでいてほしいですね。たとえ騎士になったとしても」


 ドラゴニルの姿を思い出しながら、俺はぽつりと呟く。


「ほえっ?!」


 だが、その小さな呟きはブレアの耳にも届いていたようで、ブレアは顔を真っ赤にしていた。

 その姿を見て、俺は今自分がどこに居るのかを思い出した。


(うわあぁ?! そういえば、今はブレアの真後ろに居るんだったーっ!?!?)


 そう、ものすごく至近距離である。

 これでは聞くなという方が無理である。耳元でささやくような距離なので、聞こえてしまって当然なのだ。

 ブレアが顔を真っ赤にしているように、俺もまた顔を真っ赤にしてしまっていた。……何なんだよ、この状況。

 俺はちらりと部屋の隅に立つレサの方を見ると、必死に笑いを堪えている姿を見つけた。


「れ、レサ! な、何を笑っているんですか!」


「わ、笑ってなど、お、おりませんよ、ぷくくく……」


「笑っているじゃないですか! レサ、この事は他言無用ですからね、絶対話さないで下さいよ!」


「しょ、承知、致しました」


 ちゃんと返事をするレサだが、まったくもって笑いが止まりそうな気配がなかった。

 恥ずかしすぎるぜ。穴があったら入りたい気分だ。

 とりあえずいろいろあったものの、ブレアと久しぶりに話ができて落ち着けた気がするぜ。……はぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る