第46話 一難が去りやしない

 ところが、この帰り道というのもただでは帰れなかった。

 村を過ぎて半日くらい進んだ頃だろうか、ドラゴニルが何かに気が付いて馬車を止めさせた。


「お前たち、馬車を止めろ。囲まれているぞ」


 ドラゴニルの言葉に、騎士たちは馬車を止める。そんなまさかと思う騎士たちだが、俺はひしひしと周りの魔物の気配を感じていた。

 先日はそうでもなかったのだが、その時の影響か、今の俺は魔物の存在をはっきりと認識できていた。


「アリス、出れるか?」


「もちろんです、お父様」


 俺とドラゴニルは馬車を降りる。手にはきっちりと剣を携えている。

 だが、周りには何も見えない。開けた街道があるとはいっても、この辺りの周囲は森に囲まれているからだ。木々に隠れてしまえば、その姿を見る事はなかなかに難しい。


「ざっと感じる辺りだけでも30は居るな……」


 ドラゴニルは俺に対してぽつりと呟く。


「だが、少し離れた所にはさらに反応がある。ついでに、操っていると思しき奴もな」


「……まじかよ」


 ドラゴニルが俺にだけ聞こえるように伝えてきた言葉に、正直耳を疑った。俺が感じられたのは魔物だけだ。周囲にたくさん居る事も分かっているが、そんなところまで分かるというのかよ。くっそう、これじゃいつまで経っても、俺はこいつに勝てねえじゃねえか。


「とにかく今は魔物を倒す事だけを考えろ。未熟な点は戻ってから鍛えてやる」


「……分かった」


 ドラゴニルの言葉に頷きながら、俺は剣を構える。

 しばらくすると、辺りの森からぞろぞろと魔物たちが出てきた。


「先日の組み合わせと同じか。ウルフにハイウルフ、それとグリズリーだな」


「雑魚だな。だが、全部で30は居るから油断はするなよ。我なら一瞬だが、我が警戒すべきところはそこではないからな」


 さすがドラゴニル、魔物の群れ相手でもまったくもって余裕の表情を崩していない。それどころか、更なる大局を眺めている。これがドラゴンゆえの余裕というものだろうか。

 魔物たちを前に、俺たちの護衛を務める騎士たちは緊張した面持ちで対峙している。ドラゴニルは余裕だし、俺もこのくらいの相手ならまだどうにかできる。

 だが、騎士たちはそうもいかない。なにせ魔物との実戦経験が少ないからだ。俺たちの護衛に付いている騎士たちは、ウルフやゴブリンくらいならば戦った事はあるものの、グリズリーとは先日が初対面というものも多いのだ。フェイダン公爵領の中はかなり安全な方の部類に入るようである。


「アリス、こやつらの相手、お前の指揮で切り抜けてみせろ。我はその周りの連中の警戒をしておく」


「はあ?!」


 さすがにこれには俺も驚いた。しかし、騎士を目指すというのなら、そのくらいはできないといけないだろう。今の俺は公爵令嬢だしな。俺は強く決意する。


「分かりました。ですが、そう言われるからには、周囲の魔物はお父様にお任せします」


「ふん、言われなくともしてやるさ。この我に楯突く連中など、すべて粉砕してくれようぞ!」


 ドラゴニルは一気に気を解放していた。それによって、俺の近くに居るウルフなどの魔物が一気に怯んだ。これは叩くには好機だった。


「みなさん、落ち着いて魔物に対処致しましょう。グリズリーは私が引き受けます。みなさんはウルフとハイウルフに集中して下さい。大丈夫です、お父様の威圧で怯んでおりますから」


 俺はそう告げながら周囲を見回す。30ほど居る魔物の内訳は、半数ほどがグリズリーだ。ウルフとハイウルフはウルフの方が数が多い。


「レサ、外に出ないで下さいね。侍女に戦わせるようでは、騎士として失格ですもの」


「お気を付け下さい、お嬢様」


 馬車の中のレサに声を掛けた俺は、勢いよく馬車の上に上がって周りを見渡す。都合のいい事に自分に近い位置にグリズリーが集まっている。

 ちょうどいい、最近の俺の特訓の成果を見せてやろうじゃないか。


「はああっ!!」


 俺は身体強化を発動するとともに、ちょっとだけ感覚を取り戻した魔物を滅する力を上乗せしてみる。するとどうだろうか、いつもより体が軽い。これならやれる、俺は根拠のない自信を滲ませていた。


「御者はとにかく馬車が動かないように馬を宥めて下さい。私たちが魔物を倒しますから!」


「あ、ああ。頼みますよ、お嬢様」


「ガアアッ!!」


 俺が御者に声を掛けてから馬車を飛び降りると、それが合図となったのか魔物が襲い掛かってくる。

 だが、すでに遅い。

 この時、俺の戦う準備は完了していたのだ。襲い掛かるんだったらもっと早めにしておくんだったな。これまでさんざん失敗してきたんだ。その反省をした俺は、以前の俺とは違うんだよ!

 着地と同時に剣を構えていた俺は、その時に閉じていた目を一気に開く。


「覚悟なさい、魔物たち!」


 俺は剣を振るって魔物を斬っていく。返り血でドレスが汚れるとか、そんな事は一切気にしない。命が掛かっている戦いで、そんな事を気にする余裕などあるわけがないのだ。

 俺が魔物を斬り伏せていく姿に騎士たちも奮起する。


「お嬢様に続け! 魔物を蹴散らすんだ!」


「おおーっ!」


 俺の戦う姿に奮起した騎士たちは、ウルフとハイウルフ、それと少し漏れたグリズリーを相手に勇敢に戦いを挑んでいた。

 俺たちは無事に魔物を倒し、公爵領に戻る事ができる事ができるのだろうか。

 そして、ドラゴニルが見つけた魔物を操る者とは一体誰なのだろうか。戦いは始まったばかりである。

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