第45話 やむを得ない選択

 村から出る事は禁止されたものの、村の中でなら自由にする事ができたので、俺は昔のように村の中を走る事にした。じっとしているのは正直言って性分に合わない。

 それにしても、昔とだいぶ姿が変わったというのに、村人はちゃっかり一発で俺の事を見抜いてくる。

 壁の内側を走っていると、しょっちゅう声を掛けられるのだ。公爵令嬢となってだいぶ様子は変わったと思うのに、ここ数日居ただけですっかり村中に俺の事は知れ渡っているようだった。

 さて、ドラゴニルの方だが、連日周辺の調査に出向いている。公爵とはいえども、先日の戦いっぷりを見ても分かる通り、その力は圧倒的だ。もし魔物との戦いになっても、あいつなら簡単に負けやしないだろうな。

 はあ、俺はいつになったらあいつの隣で一緒に戦えるようになるんだろうな。自分の未熟さと非力さに泣けてくるぜ。

 そんなわけで、俺はとにかく今できる精一杯の努力を重ねる事にした。いずれ、大陸中にその名を轟かせる騎士になるためにもな。


 結局、村への滞在は俺が公爵邸に戻ろうとした日からさらに7日間となっていた。思ったより長期滞在になってしまっていた。

 ドラゴニルが大暴れしたせいか魔物たちの活動は控えめになっていたのだが、5日目くらいからはすっかり姿を見せなくなってしまっていた。このままでは更なる深追いになる可能性があるし、そうなると公爵としての仕事にも影響が出てきてしまう。というわけで、やむなくドラゴニルは屋敷に戻る事にしたのだ。来年に開校する養成学園の事もあるからな、仕方がないな。

 とはいえ、ドラゴニルだってただで引き上げるという考えは毛頭ない。

 フェイダン公爵の騎士団は、ドラゴニルが規格外すぎるだけであって、他の騎士団からしてみればかなり強い。それでもドラゴニルからしたらまだまだ及第点には程遠かった。

 村に滞在していた期間中だけでも、ドラゴニルは騎士たちを鍛え上げていた。なにせ俺と一緒に居た騎士の姿に呆れていたのだからな。そういう連中を中心に、厳しく鍛え上げていた。

 普通なら音を上げて逃げ出しそうな訓練も、騎士たちは必死に耐えていた。フェイダン公爵家の騎士として、剣として盾として働ける事を誇りに思っているからだ。先日の情けない騎士たちもその気持ちは一緒だったのだ。


 公爵邸に戻る前日の夜、俺はドラゴニルに呼び出されていた。


「アリス、明日はいよいよ公爵邸に戻る。そうするとこの村に来る事は当分なくなる。覚悟はいいか?」


「もちろんです。公爵家に引き取られた時ですら覚悟していた事ですから、今さらできないわけがありません」


 ドラゴニルの問い掛けに、俺はすっぱりと答えた。

 だが、ドラゴニルの表情はすぐれないようだった。


「おそらく、我らが公爵邸に戻ると、この村には魔物が押し寄せてくるだろう。騎士どもを鍛えておいたが、どこまで持ちこたえられるかは分からん」


 そういうドラゴニルは、どこか確証めいていた。

 確かに、ドラゴニルが調査に出ていった事で、目撃される魔物の数は段々と減っていっていた。だが、初日の湧き方を考えると、倒されて居なくなったというより、恐れをなして姿を見せないと言った方が正しいだろう。

 つまり、ドラゴニルが居なくなれば、魔物たちが再び姿を見せ、最終的に村を襲うだろうと予測しているのである。

 先にも述べたが、ドラゴニルが居れば魔物に襲われる心配はないだろう。だが、ドラゴニルには公爵としてすべき仕事がたくさんある。村にいつまでも関わっているわけにはいかなかったのだ。正直、ドラゴニル自身も心が痛い事だろう。

 ドラゴニルが話をする様子を見ながら、俺はその気持ちをひしひしと感じていた。


「とりあえずは、ここの指揮はルイスに任せておくが、やむを得なくなったら救援を要請するように指示は出してある。この村はお前の故郷だ。簡単になくさせはせんぞ」


 強い口調でそう言いながら、俺を安心させるためなのかやさしい笑顔を見せているドラゴニル。俺はついその顔に見惚れてしまっていた。

 って、おいおい。俺は男だ。ドラゴニルなんかに惚れこんでたまるものかよ。そうは思う俺だったが、だんだんとドラゴニルには確実に惹かれているし、体の性別に心も随分と引っ張られていた。このままじゃ心底ドラゴニルに惚れこんでしまいそうで怖い。俺はドラゴニルの強さには惚れこんだが、異性として意識する気はまったくねえよ。


「どうしたアリス」


「い、いえ。なんでもありません」


 ドラゴニルから声を掛けられて、即答でごまかす俺だった。


「そうか……。ともかく、明日は屋敷に向けて出発するから、今夜はしっかりと休んでおけ、いいな?」


「承知致しましたわ、お父様。それではお休みなさいませ」


 俺はそう言うと、村の詰め所の自室へと引っ込んだ。この景色もしばらく見納めだな。

 こうして、俺たちが村を離れる日がやってきてしまったのだった。

 あれだけの魔物の襲撃もあった事で、正直言って村の存続が心配だ。だが、俺たちには俺たちのやる事がある。

 心残りはあるのだが、俺は村人と騎士たちに見送られながら、フェイダン公爵邸への帰路に着いたのだった。

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