第43話 無念の帰還

 俺が筋肉痛で寝込んでいる間も、付近の調査は行われていた。前々日に魔物の群れが現れた辺りも見てきたらしいのだが、その日はもぬけの殻だったそうだ。グリフォンやヒポグリフのような上位の魔物もあれだけあっさりと倒されれば、それは警戒してしまうものだろう。さすがはドラゴニル。ドラゴンの血族というのは嘘じゃなかったのだ。まあ、あれだけ派手に魔物を吹っ飛ばしてたんだからな、仕方ないだろうぜ。

 それにしても、ベッドから動けないっていうのは退屈すぎていけない。だが、動くとものすごい激痛が走るだけに、動かないという選択肢しか取れなかった。改めて、自分の貧弱さに涙が出そうになる。十分鍛えてきたつもりだったのに、現実は非情だった。

 その日の夕方、調査から戻ってきたドラゴニルたちの間で会議が持たれた。十分休んで筋肉痛がだいぶ和らいだものの、まだ体を引きずるような状態でありながら俺も無理やり参加した。

 だが、そこで俺に浴びせられたのは、ドラゴニルからの非情な一言だった。


「アリス、お前は屋敷に戻れ」


 そう、言わずもがな帰還命令だった。

 そりゃそうだ。ウルフ相手に奮闘したものの、力を扱い切れずに筋肉痛で寝込むなど、戦場でははっきり言って足手まといである。現在居る場所は戦場ではないものの、魔物の調査で来ている以上は戦場も同然なのである。だからこそ、ドラゴニルははっきり告げたのだ。

 だが、自分自身でも覚悟していたので、俺はそれほど驚く事はなかった。むしろ、周りの騎士たちの方が慌てているくらいだった。


「分かりました。確かに私は足手まといになりかねません。お父様、どうかご無事で」


 俺が納得してそう言うと、騎士たちはようやく落ち着きを取り戻したのだった。俺が納得しているというのに、周りが騒ぐのはよろしくないからな。


「ふん、この程度の魔物どもなど、我の敵ではない。だが、背後に何者かが居るとなれば、一匹くらい生け捕りにしてやらねばな」


 ドラゴニルはやる気十分だが、状況ゆえにちょっと渋い顔をしていた。あの魔物の群れの事を思えば、背後に何者かが居るだろう事は容易に想像がつく。だからこそ、ドラゴニルは苦慮しているのだろう。圧倒的な力でねじ伏せる事しか考えてなかったからな。

 まったく、普段はあれだけ頭の切れるところも見せているくせに、いざ戦闘となると一気に頭が悪くなるもんだな。圧倒的な力を持つゆえといったところだろうなぁ、これは。

 会議は結局、明日以降も探索を続けるという結論で締められた。そして、俺は朝には屋敷に向けて発つ事になった。悔しいが仕方がない。


(はあ、結局俺は、まだドラゴニルの課題をクリアできてねえってわけだな。……つらいもんだぜ)


 川向こうへと向かっていくドラゴニルとは真反対側で、俺はフェイダン公爵邸へと向かう馬車に乗り込んでいた。短い期間だったとはいえ村に戻って来れたし、両親とも話はできたので、俺としては心残りはない。ただ、あの隣に立ってはいたかったなと思う。

 一応、レサは付いて来てくれていたので、俺は数名の護衛の騎士とレサに守られながらの帰還である。

 正直守られるのは嫌なんだが、一応今の俺は養子とはいえ公爵令嬢だからな、こうやって護衛が付くのは仕方がない。だが、俺以上に戦える連中かというとそうでもない気がする。まあ、言ってしまえば形だけってやつだな。

 こんな形で帰る事になってしまったのは不本意であるがために、馬車の中では俺のため息は絶えなかった。


「お嬢様、さすがにため息が過ぎます。もう少し気を引き締めて下さいませ」


 レサから厳しい言葉が飛んでくる。だが、俺はとてもそれを聞き入れられる状態ではなかった。そのくらいに自己嫌悪が強かったのだ。自己嫌悪に陥っているからこそ、ため息が止められないんだよ。

 結局、レサがいくら言ったところで俺のうっそうとした気持ちはどうともならなかったので、レサもとうとう諦めていた。


 だが、それもあっという間に状況が一変してしまい、うやむやとなってしまう。

 突如として馬がけたたましく嘶いている。


「くそう、こんな所に魔物の群れだと?!」


 外で護衛する騎士の声が聞こえてくる。なんと、魔物の群れが俺の乗る馬車を取り囲むように現れたのだ。

 俺は護身用としてドラゴニルに持たされた剣を手に取って外へと出ようとする。


「レサはここでじっとしていて下さい」


「お嬢様はどうなさるのですか?」


「自分の身くらい自分で守れなくてどうするのですか。私は騎士を目指しているのですから!」


 俺はそう言って、レサを置いて馬車から降りた。

 目の前の状況は酷いものだった。魔物の群れは俺たちを取り囲んでいた。10数体という感じで、数はそう多くないようだ。いまだ飛び掛かってくる様子はなく、こちらの様子を窺っているといった感じのようだ。まあ、二人とはいえど剣を構えた騎士が立っていれば警戒もするだろうな。


「私も戦います」


「アリスお嬢様?! 危険ですよ」


「いえ、騎士を目指す者として、この状況で逃げてたまるものですか。この辺りは魔物の出現の報告のない場所。ですから、おそらく狙いは私でしょう」


 俺はなぜかそう言い切った。魔物が普段は出ない場所というのが、この推測を後押しする形となった。


(どうやら、俺を殺そうとする動きがあるみたいだな。ったく、一体どこの誰だってんだよ)


 俺は剣を構えて魔物たちを睨み付ける。

 そして、いよいよ我慢できなくなったか、魔物たちが俺たち目がけて一斉に襲い掛かってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る