第42話 恥ずかしい話

 翌日、村に戻った俺たちは心配していた村人たちから泣きつかれていた。そりゃ近隣の調査で1日戻って来なければ心配にもなるよな。

 だが、元気な姿を見せて戻った上に大量の魔物の素材を持ち帰ってきたので、村人や騎士たちはものすごく喜んでいた。まったく、のんきだよなぁ。

 特に今回はウルフの数がかなり多かったので、肉もそうだが毛皮は村として歓迎された。なにせ着ている服はこういう獣の毛皮なんだからな。多くの村人は毛皮を着ている上にだいぶ傷んできているから、そりゃ嬉しいだろうぜ。

 とはいえ、喜んでくれるのはいいのだが、状況としてはそんな楽観できるような状況ではないんだよな。今回はウルフとハイウルフの群れだけでも実に30体以上を相手にした。ドラゴニルが倒したグリフォンやヒポグリフをメインとする魔物の群れなんて何体居たかなんてわかりゃしねえ。気が付いたら全部剣と拳と蹴りで吹き飛ばしてたからな。今でこそドラゴニルは男だが、女の時もあんな感じだったのか? まったくドラゴンってのは怖えな。

 とりあえず今回はどうにかなったが、次も無事に勝てるかは分からない。俺たちが居なかったらどうなるかという疑問点だってある。まったく、騎士の養成学園への入学時期も段々と近付いてるってのに、悠長に魔物の相手なんかしてられっかよ。

 そんなわけで、魔物の処理についてはフェイダン公爵家の騎士たちに任せて、俺やドラゴニルは今後の対策のために騎士の詰め所に集まった。


「ドラゴニル様、アリス様、よくご無事に戻られました」


 詰め所で仕事をしていたルイスがピシッと直立して敬礼をしている。机の上には周辺を描いた地図が広げられていて、どうやらルイスは今までまとめをしていたようである。帰還の出迎えに出て来れなかったのはそのせいのようだ。


「うむ、戻ったぞ。ところでルイス、状況のまとめは進んでいるか?」


「はっ、昨日行われた各所の調査結果を、現在必死にまとめ上げていたところであります」


 ドラゴニルの問い掛けに、ピシッと背筋を伸ばして答えるルイスである。魔物対策の前線基地の責任者とはいえど、ドラゴニルの部下にすぎないわけだからこうなるよな。


「そうか、ご苦労だったな。では、我からの報告もそこに加えてもらおうか」


「はっ、畏まりました!」


 ドラゴニルの言葉を受けて、ルイスは紙とペンと持ち出してくる。まったく、こいつの部下は大変だよな。

 とりあえず、ドラゴニルと俺の関わった調査結果のまとめを作るために、当然ながら俺も二人に付き合わざるを得なかった。かなり面倒な事になってたので、報告書をまとめるのにものすごく時間を食ってしまった。もう夕方じゃねえかよ。

 そう、外を見たらもう空が赤く染まっていたのだ。なんてこった、お昼を食べてないぞ!

 そう思った瞬間、今さらながらに俺のお腹が大きな音を立てていた。

 すると、ドラゴニルとルイスが揃って俺の方を見てくる。さすがにこれだけ大きなお腹の音を立ててしまえば恥ずかしいもので、俺は二人に見られて顔を真っ赤にしてしまった。なんといってもドラゴニルに対してそういう醜態をさらした事が一番恥ずかしかった。


「おお、すまなかったな、アリス。もうそういう時間か。ルイス、部下に命じてすぐに食事の準備を始めろ。飢えさせるわけにはいかんからな」


「畏まりました。すぐに準備致します」


 ドラゴニルに言われて、ルイスはバタバタと詰所から出て行き、少し離れた場所にある食堂へと向かっていった。

 この時のドラゴニルは、俺をからかうような事はなかった。その姿に、俺はつい首を傾げてしまったが、それでもドラゴニルはそこには触れないようにしていた。

 その後、食事を取っている最中にも、ドラゴニルはまったくもって淡々としていた。


「お父様」


 そこで、就寝の時になってから、俺は改めてドラゴニルに声を掛けてみた。

 それまではいくら話し掛けようとしても拒否されていたのだ。だが、ここでようやくドラゴニルは俺の声に応じてくれた。


「人前で娘の恥を知らしめるような事をして欲しかったのか?」


 開口一番それだった。なんともまあ、俺の事を気遣っての対応だったのだ。こいつ、本当にドラゴニルか?!

 口をあんぐりさせてパクパクと驚いた顔の俺を見て、ドラゴニルはついに笑い出した。


「むぅぅ~~」


 あまりに笑うものだから、俺は頬を膨らませて怒る。だが、ドラゴニルの笑いは止まらなかった。


「お父様ったら、もう知りません。私は寝ます!」


 さすがに頭にきたので、俺はそう言い放つ。


「うむ、その方がいいぞ。昨日はかなり無茶をしていたようだからな、休めるだけ休んでおけ。今平然と歩いている方がおかしいのだからな」


「えっ」


「なんだ、気付いてなかったのか。身体強化の強度を上げるとその分能力は上がるが、体ができていないと反動で全身を筋肉痛が襲う。それだというのに、昨日はかなり長い時間使っていたからな。まだ平気な理由は分からんが、本来なら昨日の戦いが終わった時点で全身に激痛が走っているはずだぞ」


 ドラゴニルに言われて俺は顔が青ざめる。


「お気遣いありがとうございます。もう休ませてもらいます」


「うむ、しっかり休め。明日動けるといいんだがな」


 さらっと最後にとんでもない事を言い残して、ドラゴニルは部屋を出ていった。


 結果から言うと、ドラゴニルの言う通りだった。俺は翌日丸一日、全身を襲う激痛のためにベッドから出る事すらできなかったのだった。くそう、まだ鍛え方が足りないのかよ……。

 二日連続で失態をさらすとか、恥ずかしくて俺はベッドに潜り込んでいたのだった。

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